第18話

 みやびが消えた事は、真誠まことの時よりも遅れて知らされた。知的障害を持つ姉を介護するため、真誠の家族は常在だったが、雅の母親は夜職のため入れ違いになり、翌朝まで娘がいない事に気付かなかったからである。


 兄も弟も生活時間が違う事も手伝って、雅が行方不明になった事をクラスメートが知るのは週明け。


西谷にしたにさんを見た覚えがある人は――」


 まず一生、お目にかかれない事件である教え子の行方不明事件を、立て続けに2件も扱う事になった担任は、少し憔悴した顔を見せていた。


 それでも雅は校内でも有名な「仲良し7人組」の一人であるから、誰かが知っているのではないかという期待もある中、教室は短時間であるがざわめく事になる。


「はい」


 担任が言い切るのを待たずに手を上げたのは、担任ですら予想していなかったかいだったからだ。


 ――鷹氏たかしくん……一番、縁がなさそうなのに?


 雅と放課後まで関わりたくないはずだとは、担任ならずとも全員が思った事だろう。


 しかし介は手を上げ、


「この前、裏山で黒ネコと遊んでたら西谷さんが来ました。そのまま上の方へ歩いて行ってました」


 出て来たものも、誰が想像できただろうか。


「え?」


 担任も目を瞬かせている間だけ、教室は静まった。


 その間を置いて、教室は一気に撒き散らされた喧騒に溢れかえる。


「ウソ吐け!」


 甲高く声を裏返し、机を叩いて立ち上がったのはえびす 健沙けなさ。担任がいなければ、そのまま介の席まで詰め寄りそうな勢いだった。


 振り返らない介は、聞かれた相手は担任であって健沙ではないという態度で、


「何も話をしてないから、何をしに来たかは知りません」


 健沙の事など一瞥もしなかった。


 それは仲良し7人組――遂に5人組にまで減ってしまったが、減ってしまったが故に、挑発的な態度と映る。


 しかしこの時、介に挑発する気は毛頭なかった。


 ――焦りすぎた?


 担任の言葉が終わり、皆が疑問に思っている時に、おずおずと手を上げ、声をうわずらせていえば良かったのかも知れないが、介は待ちきれずに先走った。


 巻き舌で捲し立てる様に、そして健沙など無視する形でいったのは焦りの証拠である。



 釣り餌を垂らす事が目的だったから焦った。



 しかし焦って打った手は悪手だったかといえば、


「ちょ、ちょっと鷹氏くん! 職員室へ!」


 担任が介を連れ出し、衝突に至らなかったのだから、あながち悪手ともいえない。



 ***



 朝のホームルームでこそ衝突は起こらなかったが、介の焦りが残り5人を挑発した形になったのは確かだ。


 放課後、クラスメートを全員、追い出した教室で5人は顔を突き合わせた途端、健沙が声を荒らげる。


「ウソに決まってる!」


 そういう理由は、薄々、知っているからだ。


「これ、真誠の事も、雅の事も、鷹氏が殺したって事?」



 真誠と雅は、もう死んでいる。



 自分たちが介の反抗に対する懲罰として、即座に家族の皆殺しと自宅への放火を決めたように、他者もそうすると考えるからこそ、真誠と雅は殺されたと判断した。


 だが、それを介が実行したというのは、健沙はあってはならない事だと断じる。


 介は何も持たず、何もできない存在でなければならない――だからこそ反抗など許さず、また分不相応なモノは取り上げなければならなかった。


 その介が、自分たちを殺して回るなど……、


「ウソ吐きだ!」


 どんどん声の大きさを増させていく健沙に、毅世子きよこが軽く両肩に手を遣って座らせる。


「落ち着きなよ」


 こんな時、よく出てくる言葉を口にしている毅世子も、本当は健沙と同じく真誠と雅の死を直感しているのだが、出せる言葉は健沙とは大分、違った。


を見たくない?」


 その一言が出された時、毅世子の真意をうかがい知れた者はいない。


「影に隠れてコソコソする奴とかって、絶対、卑怯者でしょう? イジメとか復讐とか、そういうの全部そう。そういう奴をさ、ここに引き摺りだしてみたくない?」


 影に隠れてコソコソするとまでいわれれば、毅世子がいっている事も分かった。


「イジメッ子に対する一番、効く仕返しって、ここにいつくばらせて、どんな言い訳するか、泣き言いわせる事じゃない?」


 冷静になれといった口を、毅世子は笑みで綻ばせた。


「認めようよ。真誠と雅は鷹氏に殺された。何のつもりか知らないけど、裏でコソコソするしかできない卑怯者には、今度こそ痛い目に遭わせてやればいい」


 介が持っている不要物は、まだある。



 叔父の大輔と、黒猫のリーヴだ。



 その二つをどうすべきか、毅世子は「取り上げる」などという事はいわない。



 介の泣き言を聞き、その手打ちに介から差し出させようといった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る