第15話

「大体、想像は付く」


 かいを迎えに行き、アパートに戻ってきた大輔だいすけは、まず介にそう告げた。


「集団を統括する最も基本となる行動は、の統一だ。何か一つの事に向かって突き進めるならば、その集団の団結は強固なものとなる。プロスポーツならば優勝とかな。学習塾で学校崩壊が起きない理由は、皆、勉強すると言う目的を持って通っているからだろ」


 かつたに 孝司こうじという市立しりつ松嶋まつしま小学校の校長が造り上げたといわれる、40人中39人のユートピアを、今、大輔はそう解釈している。


「しかし大抵は、上手くいかないのさ。運動会や合唱コンクールみたいに、行事はいっぱいあるけれど、好き嫌いがある。運動会では優勝したいが、合唱コンクールはどうでもいい奴もいるし、その逆も。体育で50メートル走は速く走りたいが、社会科のテストで100点を取りたいとは思わなかったり」


 ただ自分でいっていて、大輔も最後の一文に関しては「いや」と一度、否定した。


「50メートル走は、こいつらみんな速いか」


 二人が狙う「仲良し7人組」に共通する事は体育が得意という点だろう、というのは大輔も想像が付く。自分の時はそうだった。


「速いよ。特に、小蔵おぐらさんと濱屋はまやさん」


 介が頷くと、大輔は冷笑を浮かべた。


 ――大した意味なんてないのにな。


 もし介に5000円で売られている中古の自転車にでも乗れば、小蔵も濱屋も追いつけない。ならば、二人の足の速さの価値は中古の自転車以下だと断じてしまうのが大輔のセンスである。


「まぁ、いい」


 また大輔の口癖が出た。


「逆に見たら、こいつは都合がいい事が多い」


 大輔が抱いた確信は、次の通り。



「全ての失敗を、たった一人の生徒に押しつければ、簡単に意思統一できる」



 運動会で勝てないのも、合唱コンクールで優勝できないのも、その一人のせいにしてしまえば、そのクラスは纏まる。その一人を選ぶ基準は、何でも良い。家が貧乏、逆に金持ち。背が高い、もしくは背が低い。運動ができない、特定の球技だけが得意等々。物心つく以前から自分たちの集団にいなかった者、というのも十分、基準を満たすからこそ、大輔も介も、自分たちが選ばれた理由は、今更、探れない。


 通常、これを行えば悪質なイジメとなる。


「でも、これを、昔は校長が主導してやってたんだ。クラスの団結は高まり、保護者の評価も上がる。何せ生徒39人は幸せなんだからな」


 結果、大輔の代よりも以前に、校長までもが主導するシステムは崩壊したのだが、この便利なシステムは未だに私立松嶋小学校で機能している。


「この7人は、自分たちは健全なコミュニティの運営を行っていると考えている。その健全なコミュニティに侵入してきた異分子を排除する事は、正当な権利であり、またコミュニティの一員として負っている義務だってな。クラスの大半が、そういうのを認めれば、誰もが無意識のうちに正当化してしまう訳だ」


 故に、大輔は今、7人――正確には残り6人だが――が考えている事を、こう推測する。


「介くんは、劣ってなきゃいけない。皆の足を引っ張る存在でなきゃいけないし、何かで成功する事はないし、成功したと見せかける嘘吐きにしなきゃいけない」


 大輔はフーッと大きく、息を吐き出した。


「ここを……この油断を突くぞ」


 突く術を、大輔はこういう。



「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」



 ウーイラントの歴史については、介よりも大輔が詳しい。ウーイラントが対モンゴル戦での勝利を皮切りに、第二次大戦に至るまで侵略を許していないのは、軍オタの間では有名な話だ。


 その対モンゴル戦で勝敗を分けたのが何かも知っている。


「何を作ったんですか?」


 大輔の手元を覗き込んだリーヴは小首を傾げる。


 大輔が今日、一日かけて用意した道具は、水道用の耐衝撃性塩化ビニールのパイプ、ステンレスのハリガネ、引きバネ、ピアノ線を組み合わせたもので、武器らしい武器には見えない。


「罠だよ」


 大輔は横目でリーヴを見遣った。


 ――ウーイラントは罠と長弓で戦った。


 精強な敵に対し、弱兵が戦うにはそれしかない。


「罠……」


 罠と聞いて、あまりリーヴにはいい思い出はない。人間だった頃、王族貴族の義務として父が首領に出かけていたのは知っているが、その方法までは知らないし、ネコになっての数百年、人間の仕掛けた罠で落命した回数は数え切れないくらいある。


 しかしリーヴが落命させられてきた罠は、今、大輔の手元にある材料では作れそうにない。


「トゲのある金属で挟み込むんじゃないんですか?}


 トラバサミの事をいっているのだが、大輔は首を左右に振りながら苦笑い。


「それは悪手だ。持ち運びに向かないし、警察に声を掛けられて、鞄から出て来たら大事だ」


 この罠を扱うのは、大輔と介なのだ。大型の罠は向かない。


くくり罠だよ」


 ステンレスのハリガネを円にして、バネに繋ぐ。足をハリガネの輪の中へ入れると、バネが作動して括ってしまうという基本的な罠であるが、作りながら大輔は苦笑いを強めていた。


 ――直径25センチはないと、人の足は入らないな。


 それは狩猟法によって規制されている大きさを大幅に超えている。


「いっそ、宙づりになるように仕掛けてやろうか」


 それも禁止されている使い方だ。


「介くん」


 大輔は介に、その罠を手渡す。


「いいか? 現時点では、これしか使える武器がない。使い方は――」

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