第14話

 昼休みを図書室で過ごすのは、かいの日常である。校庭に出てドッジボールだ何だとやらないのは、大輔が語ったローカルルールによって勝てない事に加え、競争に向いていない性格の介であるから当然でもある。


 ある一定以上の能力と、7人に嫌われていないという要素がなければ、既に楽しめなくされているのが、この市立しりつ松嶋まつしま小学校の外遊びだ。


 できない、弱い――それを39人が叩き込める一人である事も、介が選ばれた理由に存在する。


 ――そんな事より……。


 校庭の喧噪けんそうなど頭の隅からすら追い出した介が向かう棚には、歴史のネームプレートが掲げられている。


 ――ヨーロッパ、12世紀から13世紀……。


 小学校の蔵書で探すには難しい内容かも知れないが、幸いな事に求めている内容があった。


「ウーイラント……」


 ポーランドの北に位置する人口300万程度の小国。



 そこがリーヴの故郷なのだ。



 ――森と運河の国、東欧の玄関口とも呼ばれ、様々な文化の交易地として栄えた。


 地理的にはアジアとヨーロッパを結ぶ地であるから重要であるが、日本との関係は皆無に等しく、小学校の図書館で見られる文献には、殆ど分かる事はない。


 だがリーヴの国を、介は何でもいいから知りたかった。


 ――その地理的特徴から、古くはモンゴル帝国、ナポレオン、帝政ロシア、トルコ、ナチスドイツなど、度々、大国の脅威を受けてきた歴史を持つ……。


 リーヴがウーイラントの王女だった頃となると、モンゴル帝国の頃だろうか。


 ――侵略を許さない、自主独立を是とする国民性から、その全てを退けてきた……。


 これを見る限り、リーヴが話した魔女の言葉と食い違う。


 ――不明な王族は、生きているだけで犠牲を必要とする。この戦争も、どうせ負ける。王も王妃も逃げ帰ってくる。


 リーヴが7人の魔法少女に魔法を与えた魔女から聞いた言葉は、この歴史の本では否定されている。



 ――モンゴル軍に、勝ってるじゃないか!



 リーヴが人間だった13世紀頃に起こったモンゴル来寇らいこうは、王自らが戦陣に立ち、罠と伏兵を組み合わせて敵をおびき寄せ、長弓による一斉射撃を繰り返す戦術によって戦闘を長引かせ、モンゴル軍は兵站が限界に達して撤退した――。


「勝ったんじゃないか!」


 介は思わず腰を浮かし、興奮気味に言葉を口の端に乗せた。


 それ以上、詳しい記述はないが、リーヴの両親は魔女がいった結末を撥ね除け、国を守ったのだと分かった、それだけ昂奮するではないか!


 しかし――、


鷹氏たかし、ちょっと来い」


 図書室の入り口から声を飛ばしてきた西谷にしたに みやびは、ずかずかと大股に図書室へ入ってくる。


 そして介が読んでいる本などお構いなしに――。


「さっきは、よくも恥をかかせてくれたな!」


 言葉と共に、本の上に置いていた介の手へゲンコツを落とした。


ッ」


 介の悲鳴は、図書室にいた生徒の視線を集めるのだが、助けに来ようという者は皆無。男子は遠巻きにして立つのみ。女子はひそひそと耳打ちし合うだけ。


「ほら、泣けよ! あんたは、無様に泣いて、みんなを笑わせるのが社会貢献でしょうが!」


 介の頬を両手で掴み、思い切り引っ張る雅。


「ほら、フグ!」


 回りの生徒に向かって、介の顔を見せるようら振り回す。


「次は……ブタ!」


 今度は鼻を思い切り押さえつければ、図書室にいた生徒が笑い出す。


 その笑いが、言外に何を告げているのか、介には分かる。



 泣け、だらしなく。



 許しを請え、5年の面汚しが。


 それが求められていると知りながらも、介は痛みを堪えるためにしかめっつらこそするが、涙などは流さない。


「……」


 ただ何もいわず、ウーイラントの記事へ視線を落とす。


 ――リーヴの、生きた証なんだ!


 高々、数ページに過ぎないにせよ、ここにリーヴが生きていた時代の雰囲気がある。


 ――読む!


 雅に「止めろ」という気はない。いった所で止めるはずがないのだから。飽きるのを待つだけが、これを終わらせる唯一の手段。


「……!」


 雅は乱暴に介の顔を放すと、最後にもう一度、本の上にある介の手を叩き、


「いいか? 私たちに盾突くと、容赦しないから」


 捨て台詞は、負け惜しみだろうか?


 それとも威嚇の成功を、大物ぶった態度でしめたのだろうか?



 ***



 雅の家は、路地ともいえない、人が一人の「忍び込める」程度の路地の途中、誰かに言われなければ分からない扉を開いた先にある。


 オレンジの裸電球がぶら下がった玄関に、窓はない。


 そして室内も、パーティションで区切っただけのDKと、三段ベッドが置いてあるリビング。


 2部屋しかないこの空間は、家として使ってはいるが、実態は何かのストッカーだったのではないだろうか?


 DKのテーブルに突っ伏して眠っている母親の横を通り抜け、勉強机にランドセルをかける。起きたら、母は夜職へ行くのだろう。騒いで母を怒らせる事だけは避けなければならない。


 できるだけ静かに椅子に座り、そして出て来た言葉は――、


「バーロー」


 大好きな漫画の主人公の口癖を真似るが、気分は晴れない。


 ただ胸の中に、渦巻く。



 介への怒りだ。



 ――そうじゃないだろ。お前は、何もできないくせに!


 介は、平穏な市立松嶋小学校に侵入した異分子――そのを守らせるのは、このクラスを仕切る「仲良し7人組」の責務なのだ。

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