第3章「猟奇歌編」

第11話

 ――出かけてたのか?


 アパートに帰ってきた大輔だいすけは、自転車置き場にある自転車の位置が変わっている事に複雑な表情を見せた。まだ危ないという気持ちと、出歩けるだけの気力があったのかという安堵とが入り交じって。


 ただ見上げた自室は、電灯すら点いていなかったが。


 ――真っ暗だな。


 気持ちの整理が一晩でつくなら苦労しないのは、考えるまでもない、常識とでもいうもの。


「ただいま」


 アパートのドアを開け、室内へ声を掛ける。寝室も居室もドアが閉められていて、どちらに介がいるかは分からなかった。


「電気、つけるよ」


 居室に気配を感じた大輔は、もう一度、声を掛けながら居室のドアを開ける。


 手探りで壁にあるスイッチを入れると、座椅子に膝を抱える形で座っている介を照らし、


「ただいま」


 大輔はもう一度、声を掛けた。


「大輔叔父さん……」


 介は振り返らずにいったため、大輔は一瞬、反応が遅れた。


「どうした? 晩御飯は、弁当を適当に買ってきた。遅くなって、すまんね」


 流し台へパック入りの弁当を置いた大輔は、次に出て来た言葉に我が耳を疑う事になる。



「仕返し……したらダメかな?」



 大輔も言葉が詰まる。


「……」


 犯人への復讐心は当然の事だと理解できる。大輔とて、介と同じ小学生時代の、介にとって敬香けいか毅世子きよこたちと同じような存在を忘れられない。殴っていいと言われれば殴るかも知れないが、


「止めとけよ」


 大輔はそういった。


「仕返ししても、マイナスが0になるだけだ。義兄にいさんも、姉さんも、オヤジ――介くんのお祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、自分は殺されたから犯人をぶっ殺してくれなんていうタイプじゃない。寧ろ、介くんが前を向いて、今――」


 大輔は大きく溜息を吐く様に深呼吸し、


「学校で起きてる悪い事を全部、介くんのせいにして、いじめられて泣く事が社会貢献だ、くらいにしか思ってない奴らより、幸せになる努力をする事を望む人たちだ。そうだろう? それが、マイナスの今を、1でも2でもプラスにする方法だ」


 綺麗事と思われるかも知れないが、これは大輔の本心である。介と同じだった頃、大輔は上級生に教えてもらった。


 そして介にとっての聡子さとこのような女児に、理解してもらった。


 ――仕返しはしない。相手と一緒に汚れてしまうから。


 その言葉は、今も大輔を支えてくれている。小学生時代の友達とは、十年以上前の同窓会で顔を合わせたが、皆、不自由な顔をして自由を語るくらいの社会的地位でしかなかった。


 その姿を見て、大輔は勝ったと思えたのだ。誰も傷つけず、大輔は忘れられない傷を負わされた相手よりも上の地位に就いた。


「やっぱり、弁当は明日の朝メシにするか。外で食おうぜ。ちょっとステーキのうまいファミレスが――」


 真っ暗な部屋で膝を抱えて座っていた理由を払拭しよう、と明るい声を出す大輔だったが、介は顔も向けなかった。


「犯人、知ってるんだ」


「介くん……」


 大輔は肩を落とす。会が知っている犯人とは、錯乱した状態だから見たという7人だ。流石に大輔も、それは浸漬せられない。


 その時、不意に……、


「魔法が使えるの」


「?」


 女の子の声に、大輔は不思議そうに周囲を見回した。


「大輔叔父さん、この子だよ」


 介が示したのは、真誠まことに襲われた時、一緒にいた黒猫だった。


「ネコ……?」


 何を言っているんだと眉を顰めさせる大輔に対し、黒猫はぺこりと頭を下げる。


「私は、黒猫リーヴ。介くんが、私に呪いを掛けた魔法少女を一人、倒してくれたから少し力が戻りました」


「は、はぁ……」


 何をいわれているのか、大輔は半分も理解できていない。


 だが理解する努力はできる。


「しゃべる黒猫、魔法……そういうのがあるかも知れないんだな?」


 ありえないと否定するのも簡単だが、同じく魔法が存在すれば、鷹氏家の火事を簡単に説明できるのだ。


「よっぽどガソリンでもまいて、しかも燃えてる間中、供給し続けてないと、あんな火は起きない。そりゃ、義兄さんが拘った無垢材と漆喰の家だけど……。それに、5Kwの家庭用太陽光発電機のパワーコンディショナに、そんな業火を起こす熱量はない」


「炎の魔法を使う子はいます。他にも、電撃を操る子も」


 パワーコンディショナを暴走させて原因に見せかけ、一気に炎を広げる魔法を使ったからこその火事なのだ。


「延焼もしなかった。旋風が起きていて、一切、炎が周囲に広がらなかった……って」


「風を操る子がいます。その子が、真空で熱までも遮断して」


「目撃者がいない……」


「精神感応です。夢に介入して、全員、眠らせていました」


 通報がなかったのも、そのためだ。


「だから叔父さん、こいつらは、警察には捕まらない。中津川さんがいってたけど、僕があの日、チョークの粉をつけられたスプーンでカレーや、ぐちゃぐちゃにされたプリンを食べた事が、気に食わなかったんだ」


 これは有り得ない理由だ。高々、この程度の事で一家全員を殺害しようと考えるならば、狂人か異常者である。


「そんな事で……」


 大輔の時は、精々、委員長のバッジを隠されたり、ペンケースを床に叩きつけられたりするくらいだった。


 ――いや、やるかもな。


 40人中39人のユートピアが持つ最大の問題は、39人のエゴを制限なしに増大させる事。こうやってしまっては寧ろ、介と普通に接している聡子は、奇跡の存在といってもいい。この「仲良し七人組」のように徒党を組み、接触的に介をいじめる方へ回る方が普通で、聡子以外の生徒がそうであるように、見て見ぬ振りをする者が残るのみ。


「大輔叔父さん……僕は、仕返ししたいんだ。リーヴは、7人を殺せば、元に戻るんだ」


 中津川真誠が死んだ事で、リーヴは声と、そして怪我を治癒する能力に目覚めた。リーヴの争奪戦で抱き合う様に倒れ込んでも、介が無傷なのはリーヴのお陰だ。


「……」


 また大輔は溜息。


 ―――復讐する理由と、元に戻す方法が重なったってか。


 大輔の適応力が高かったのは、幸か不幸か。


「どうやって倒した?」


 話を切り上げず、逆に踏み込んできた。


「これ。お祖父ちゃんの形見」


「ブラックライト?」


 いぶかしそうな顔をする大輔へ、リーヴが言葉を引き継いだ。


「アレルギー」


「アレルギー?」


 鸚鵡おうむがえしにした大輔へ、リーヴは「そう」と前置きし、


「敵意、悪意を持ってる人がブラックライトを向けると、魔法少女はアレルギー反応で肌が炎症反応で腐るくらいになるの。まぶたに当たれば腫れて目が見えなくなるし、目に直撃したら潰れる。だから階段から落ちて……」


 普段ならば何でもない事が、リーヴを守ろうとする介が殺意を持ったため、ブラックライトは真誠にとって致命的なダメージを与える武器になった。


「相手は、これ、知ってるか?」


 大輔の疑問は当然であるが、リーヴは首を横に振った。


「知らないと思う。今までも、これを利用して勝てた人はいなかったから……」


 ダメージを与えられる条件は、リーヴを守るという意識を持つ者が、相手への殺意や敵意を抱いている場合だ。


 それは、黒猫のリーヴには不利な条件だったはずだ。


 リーヴは、どう贔屓目ひいきめに見ても醜い。


 醜いが――、


「叔父さん、僕は、リーヴを元に戻してあげたい。みんなが殺されて、初めて僕の周りにいてくれた他人は、リーヴだけだったんだから」


 そういう介一人ではできない。真誠の一件は事故だ。ブラックライトだけでは闘えない。


 大輔の助けが必要だが……、


「……考えさせてくれ」


 大輔は即答できなかった。


 整理が付かない事の他にも、懸念事項がある。


「いや、待て。介くんもリーヴも、その中津川さんの死体はどうした?」


 今度はリーヴが答える。


「魔法少女の死体はこの世に残れません。弔えない様に、泥に変わるのです」


 本当だ。これは介も見た。


 ――なら、ひょっとして……?


 ふいに大輔の中でも、汚れた感情が首をもたげ始める。


 敬香たちは自分たちの致命的な弱点を知らない。


 介を対等の相手と思っていない。



 相手はとんでもない攻撃を繰り出してくるのだろうが、その隙を突く道具を大輔はいくつか浮かべられる。



「ダメだ」


 しかし大輔は頭を振って考えを追い出した。


「今日は、休もう。明日以降、話そう。整理が付かない」


 今日の事にはできない。

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