第9話 思い出をお茶に映して
そのままキッチンに向かい、鍋に少量の水を張って火をつけ、ヨモギを入れておく。お湯が沸くまでに材料の準備をしないといけない。今度は自分の部屋に戻り、膨大な草の中から目当てのものを探していく。
「あ、いた。シャルロット、ヨモギの調理しようとしてるのお前だろ?」
アシルが開きっぱなしのドアから部屋を覗く。「また草が増えてる……」とぼやきが聞こえた。
「そうよ、マイッサが飲みすいものにしてあげようと思って」
頭をフル回転する。どうすれば飲んでもらえるか、そしてどうやったらそれを作れるか。腕の見せ所だ。
「うん、決めた! 確かあそこに鉱石をまとめておいたはず……」
部屋の隅を漁って黒い石を見つけた後、棚から小石くらいのサイズの実を三つ取って、キッチンに走って戻った。ちょうどお湯が沸き、ごぼごぼと沸騰を始めている。
「シャルロット、そんな石どうす……ええっ!」
いきなり鍋の中に石を入れた私の横で、アシルが信じられないものを見たように叫ぶ。
「おい、まさか石食わせるわけじゃないだろうな。あるいは石の成分でも抽出する気か」
「そんなんじゃないわよ」
「今入れたのは鉱石、かな?」
アシルの横に来て私に訊いてきたのはユリスだった。
「はい、バーリアンという鉱石です。色を付着させることができるんです、見ててください」
ヨモギの成分で緑色になっていた煮汁が、すこしずつ透明になっていく。成分はそのまま、色だけを無色化できるので、「緑の見た目が野菜っぽくて苦手」という子どもに薬草のお茶を飲ませるには最適だった。
でも、今回はそれだけじゃない。
「ここに、キュラスの実の皮を入れます。アシル、見てて。石とヨモギの葉を取り除いたお茶の中にこの黒っぽい皮を入れると……はいっ!」
「うわっ、青くなった!」
「色だけじゃないの。皮の成分が出て、ほんのり甘くなるのよ」
あっという間に鮮やかな青になったその飲み物をコップに移し、キュラスの実を切って入れて、遂に完成。
息を吹きかけて冷ましながら、マイッサの部屋に向かう。ユリスとリザ、そしてアシルもついてきた。
「マイッサ、見て。これなら飲めるかな?」
「わっ、すごい! 海だ!」
「正解!」
キュラスの濃い青色の実を魚の形に切って、青色のお茶に浮かべた。初めて作ってみたけど、狙い通りに出来上がって嬉しい。
「前に、家族で海に行ったのが楽しかったって話してくれたじゃない? だから、これならそのときのことを思い出しながら飲んでもらえるかなって思ってね」
「うん、ありがと、ロッティー!」
ほんの少しだけ飲むのを躊躇していたマイッサが、ゆっくりと口をつける。すぐに「甘ーい! おいしい!」というはしゃいだ声が聞こえ、ゴクゴクと一気飲みして、キュラスの実まで食べてくれた。
「直接食べるよりは効果が落ちますけど、これをあと数回飲めば完全に快復すると思います」
ユリスとリザに向き直って伝えると、彼らは安堵した表情で胸を撫で下ろした。
「思い出をもとに薬草のお茶を作る、か。すごい能力だ」
「ね、本当にすごいわ、シャルロット」
「ありがとうございます。あっ、そうだ、ユリスさんに渡すものが!」
褒められて思わず頭を下げた拍子に、もう一つ思い出す。「ちょっと待っててください」と言って、自分の部屋から一つの小さな木箱を持ってきた。中に入れておいた赤い球根をユリスに見せる。
「これ、私からプレゼントです。イヌサフランの球根」
その単語に真っ先に反応したのはアシルだった。
「おい、シャルロット。イヌサフランって魔物用の毒作るときに使ったヤツだろ? 父さんにあげてどうするんだよ。まさか、父さんを毒殺する気じゃないだろうな!」
「あのねアシル、毒殺する人がわざわざ毒って言うと思う?」
「確かに……」
さっきルーテムを捕まえたときの緊迫した雰囲気から一転、間の抜けた会話に、ユリスとリザが微笑を湛える。が、ユリスの表情は次の言葉で一瞬にして強張った。
「薬草を加えた赤ワインに球根を漬けたものです。痛風によく効きますからね」
「え……どうして分かったんだ……?」
「庭を散歩していたときに、症状が確認できました。足を引きずって歩いてたのは、痛みが出て少し引いた後だからじゃないかなと思ったんです。痛風だと足の親指の付け根に激痛が走りますから。それに、耳たぶを触ってましたけど、あれはよく考えると耳に出来たしこりを気にしてたんですね。しこりができるのも痛風の特徴です」
それを聞いたユリスは、困ったような苦笑で頬を掻く。
「……何でもお見通しだね、シャルロット」
「えへへ、ですね。イヌサフランは基本的には有毒なんですけど、痛風にだけピンポイントで効く成分が入ってるんです。ちゃんと解毒してるので、これを毎日少しずつ食べると、かなり症状が抑えられると思いますよ」
「シャルロット、父さんのことまで気遣ってくれてありがとう」
「えっ、いや、ううん、大したことしてないよ」
目の前にきたアシルが、まっすぐ私を見た後に深々と頭を下げる。彼にそんな
「毒草でも薬草になるんだな」
「そうよ、毒と薬は紙一重だから、ちゃんと知識があれば使えるわ」
「じゃあロッティーがいれば安心だね! ロッティーはきっとこの国で一番、草に詳しいんだから!」
薬草が効いたのか、海色のお茶で気分が良くなったのか、立ち上がったマイッサが歯をこぼして叫ぶ。私は、少しだけ照れながら頷いてみせた。
「草推しのロッティー、だからね!」
***
その後は、クジャンで楽しい日々を過ごした。すっかり元気になったマイッサに草のことを教えていると、たまにアシルも交ざるようになった。お金目当てではないと分かったからか、薬草の力を目の当たりにしたからか、彼が話すときの距離が前より近いので、ドキリとさせられることもしばしば。でもせっかくの機会なので、存分に草の魅力を分かってもらおうと思う。
そんな私宛てに、王都の使者から手紙が来たのは、そこから十数日後のことだった。
〈第1章 完〉
【第1章完結】「良薬草は口に苦し」とは限りません! ~薬草ソムリエ シャルロット・マテューの処方ノート~ 六畳のえる @rokujo_noel
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