第8話 狡猾な狙い
「ううん……」
裏口近くの物置部屋で壁に寄り掛かりながら考え込むものの、思考は前に進まない。積まれた薪の中に植物の茎も少し混じっていて、地面から持ち上げるときに近くの草も抜けてしまったのだろう、なんて余計なことを思い浮かべてしまう。
やがて、アシルとリザがドアをゆっくり開けて顔を覗かせた。
「こんなところで何してるんだ。マイッサの件か?」
「うん。ここにある、私が採ってきたヨモギはちゃんと本物だった。ってことは、調理の前に毎回すり替えられたってことになるの。でも、そうすると誰にでも機会があるから、犯人を絞り込むのは難しいなあって……」
「確かに。鍵がかかってるわけじゃないしな」
誰でもいつでも入ることができた。屋敷の中で生活してる人達だけじゃない。開拓結果を報告に来る魔物の討伐チームだって、裏口に近いここなら入る機会はあったはずだ。
「ヨモギは解毒作用もあるのでスープはそのままマイッサに飲んでもらいましょう。で、今度から私がヨモギをカナチさんに渡します。それならクサノオウにすり替えられることはないと思うので」
「ううん、それで十分かしら……?」
不安げにリザが右頬を押さえる。割と心配性な彼女らしい言動だった。
「カナチは色々な仕事を任されてるし、急に呼ばれることもあるから、キッチンから離れることがあるかもしれないわ。その間に何かあったら……」
「確かにそれはありえない話ではないな」
聞こえていたのか、ちょうど薪を置きにきたルーテムも同調した。
なるほど、確かにカナチは普段、調理中も他の使用人や討伐チームから野暮用で声をかけられていた。今の状況でそれは避けたいところだ。
「じゃあこうしませんか? 調理をマイッサの部屋でやるんです」
「マイッサの部屋で?」
「アシル、この家に動かせる簡易な釜戸台があるのは知ってるでしょ?」
「そっか、あれを部屋に持っていけばいいのか」
煙は多少出るが、カナチもそこで調理すれば用を頼まれることもないだろう。
「じゃあヨモギは私が選びますね!」
これで問題は解決する、はずだった。
「えっ、体調変わってない?」
夜、草の研究の休憩がてら屋敷内を散歩していてカナチとばったり会う。そこでマイッサの容態を聞くことができた。
「はい。マイッサお嬢様、まだぐったりしてまして……」
カナチは軽く咳込みながら、肩を落とす。
「私の調理に問題があるのでしようか……?」
「そんなことないわよ。スープにただヨモギを入れて煮込むだけでしょ? 移動式の釜戸台は使えたのよね?」
「はい、使えました。ちゃんと薪も燃やせましたし……」
そうなると、ヨモギが体に合わないのだろうか。かなり珍しいが、可能性がゼロとは言えないだろう・
「そう、ありがと。ちょっと別の薬草も考えてみるわね」
「ありがとうございます、ゲホッゲホッ」
もう一度激しく咳をしながら、カナチは立ち去ろうとする。そのとき、頭の中でざわっと何かが閃いた。
「ねえ、カナチ。その咳って、いつから?」
「あ、すみません。夕方までは何ともなかったんですけど……早く治しますね」
「……ううん、ありがとう」
そうか、そういうことだったのか。
翌日の早朝。物置部屋の奥に身を隠す。私の予想が正しければ、今日も来るはず。
やがて、ギイッとドアが開く。足音が響き、ゴトゴトと何かを触る音が聞こえた。
そのタイミングで、私はバッと立ち上がった。
「やはり貴方だったんですね、ルーテムさん」
不意に声をかけられたルーテムが、ビクッと体を震わせながらこちらを見る。ドアが再び空き、ユリスやリザ、そしてアシルも入ってきた。
「ルーテム……なぜお前が……」
「ち、違いますよ、ユリスさん。ちょっと、何言ってるんだシャルロット。俺はただ朝集めた薪を置きに来ただけだ」
「なるほど、じゃあその茎もついでに混ぜ込みに来たんですね?」
ルーテムは「なっ……」と叫び、その口は開いたままだった。
「おい、シャルロット、どういうことだ?」
ちょうど良いタイミングで質問をくれたアシルの方に目を遣りつつ、私は彼の持っていた緑色の茎を指差した。
「あれはキョウチクトウという毒草です」
リザが驚愕したようにひゅっと息を飲み込む。
「ちょっと待て、シャルロット。俺がこれをヨモギの中に混ぜたって? ヨモギの葉の中にこんな茎を入れたら、さすがにカナチも気付くだろ?」
「誰がヨモギに混ぜようとした、と言いました?」
「え……」
「混ぜようとしたのは薪の方、ですよね?」
図星だったことを示すかのように、ルーテムは口の端をぐいっとひん曲げる。
「キョウチクトウの毒はすさまじいです。食べなくても、燃やした煙にも毒性がある。貴方はこれを薪の中に入れて、調理するときの煙でマイッサを殺そうとした」
「何だと……」
ギリッというアシルの歯ぎしりが聞こえる。妹に危害を加えようとしたことへの怒りが痛いほど伝わってきた。
「それにしても狡猾な二段構えですね。まず貴方はヨモギとクサノオウとすり替えることでマイッサを狙った。もちろん。私が見抜くことは想定していたのでしょう。しかし、ちゃんと次の手段を用意しておいた。ヨモギも知っていましたからね、毒草も容易に探せたでしょう」
「次の手段がそのキョウチクトウという毒草だったわけか」
ユリスの言葉に無言で頷き、まっすぐにルーテムの方を見る。話しているうちに、私も怒りが込み上げてきた。
「カナチの忙しさやリザさんが心配していることを考えると、部屋で調理する、という方針になることはある程度想定できたはず。もしそうならなかったら、自分からうまくその方向に持っていくつもりだったんでしょう。薪を毎日運ぶ中で、私やリザと話す機会はたくさんありますからね。
そこでキョウチクトウの茎を混ぜた。もともと薪には茎が幾つも混じっていたから違和感がないし、今の弱っているマイッサならこの煙でも十分に危険です。部屋での調理を何回か続けたら間違いなく危なかった。カナチが咳込んでいるのがキョウチクトウを使った証拠ですね。彼女の症状をリッピさんが診断したら、毒によるものだとすぐに診断してくれるでしょう」
一気に話し終えると、彼は観念したようにその場に崩れ落ちた。そして「クソッ!」とユリスを睨みつける。
「俺はまだ討伐チームでやれたんだ! 足の怪我なんか大したことなかったのに、アンタが薪の係に任命したから外れる羽目になったんだ。いつの間にかチームの人員も補充されて戻れなくなっちまった。だからこれは腹いせだよ。俺の大事な場所を奪ったアンタから、大事なも者を奪ってやろうってな!」
「お前、いい加減に——」
アシルが躍りかかる前に、私は彼を押し倒していた。
その口元に、キョウチクトウの茎を当てて。
「そんなつまんない理由で狙ったの? 仕事なんかちゃんと頼めば戻れたかもしれないじゃない、まだ幾らでもやり直せるじゃない。マイッサの命は戻らないのよ! アンタもこの毒、直接味わってみる?」
「ひ、ひいいい……」
「薬草も毒草も、正しく使え!」
茎を捨て、おでこをバチンと叩いて離れる。そしてヨモギを掴んで、マイッサの部屋に向かった。ドアを開けると、彼女は上半身だけ起こした状態でぼんやりと窓の外を見ている。こちを向いて「ロッティー」と呟く声に力はなかった。
「マイッサ、体調が悪くなった原因も分かったの、今度こそ治るわ! スープ飲めそう?」
しかし、彼女は静かに首を振った。
「もう飲みたくないの。あれ飲んで、何度も体調悪くなったから……」
「そっか……そうだよね……」
その泣きそうな表情で全てを理解する。彼女にとって、もうあのスープはどんなに効き目があっても「イヤな食べ物」なのだ。これまで必死に耐えて食べてきた彼女の本音を聞いてなお、無理やり食べさせることは私にはできなかった。
でも、それでいい。それでこそ、私がこの村に、この屋敷に来た意味がある。
「待ってて、マイッサ。良いもの作ってあげる」
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