第7話 薬と毒は紙一重
クジャンでの生活は順調だった。毎日草に触れられるし、怪我人や病人が出たら手持ちの薬草で治して役に立つことができる。魔物用の毒も、依頼があれば追加で作り、味見をしては痺れていた。
そんな中、昼が徐々に暑くなり、朝との気温差が激しくなってきた日の夕方前に、異変が起こった。
「お腹が、苦しいかも……」
「マイッサ、大丈夫?」
寝室でお腹を押さえながら、マイッサが「ううう」と微かに呻く。他の家族の具合が悪くなっているわけではないから、昼ご飯で食中毒、というわけではなさそうだ。
「昼寝したときに冷えたのかな……よし、ちょっと待ってて。良いもの用意してあげる」
「ホント? ロッティー、治せるの?」
「うん、任せといて!」
そう言うと、彼女は安堵したように微笑み、そのまま目を瞑った。そのまま眠れればいいが、腹痛だとしたらそんなに簡単に寝付くのも難しいだろう。私はユリスがいる書斎へと駆けていった。
「ふうむ、腹痛か……」
「この庭にはない草を採りに行きたいです。多分、前にマイッサに教えてもらったジーギ山にならあるかと」
フーシェ村の近くの山を二、三確認したときも見つけた。おそらく山ならどこにでもあるだろう。
「分かった、ルーテムに案内させよう。薪を搬入する担当だから、よくジーギに入っている」
「ありがとうございます。出発準備しますね」
汚れてもいい服に着替え、小さめの麻袋を持って、入り口の門で待つ。しばらくすると、かなり濃い茶髪の三十歳くらいの男性がやってきた。口の周りにヒゲを生やし、かなり男らしい顔つきだ。以前は魔物の討伐チームに入っていたが、足を怪我したため、身を案じたユリスから今の仕事に変わるよう命じられたという。
「君がシャルロットか。ルーテムだ、よろしくな。早速ジーギに行こう。遅くなると日が暮れて迷いやすくなる」
「そうですね、草も探しづらくなりますし。案内お願いします」
村を出て北方にすぐ山が見えるものの、やはり行くまでにはそれなりに時間がかかる。太陽が沈まないうちになんとか着くことができ、私はふもとを懸命に探した。おそらく、この辺りにまとまって生えているはず。
「あった!」
独特の可愛い形の草を見つけると、後ろにいたルーテムが覗き込んだ。
「それは……ヨモギか?」
「よく知ってますね、ヨモギです。腹痛に効きますし、整腸作用もあるので、これがいいかなと。まとめて採っていきましょう」
こうして大急ぎで用事を済ませた私達はすぐさまクジャンへと引き返し、そのままキッチンへ。摘んできたばかりのヨモギをフライパンにバッと入れる。
「焼くのか?」
「ううん、煎ってるって感じかな」
アシルがやってきて声をかける。いつもよりどことなく表情に元気がないのは、マイッサの腹痛が治まってないからだろう。
「早めに効果出てほしいからお茶じゃなくて食べてもらうつもりなんだけど、そのまますごく草っぽい味なのよね。だから、火で炙って香ばしい感じにしてあげると、マイッサも食べやすいかなって。でもそのままだと苦いかな……じゃあ根菜スープに入れよう。味付けは……」
ぶつぶつ話しながら考えをまとめた後、アシルを見ると、興味深そうに頷いていた。
「国では禁止かもしれないけど--」
「大丈夫だって、言いふらしたりしないさ。お前の力は知ってるからな」
「ありがと、随分と素直ね」
「俺は元から素直だっての」
照れるように後頭部を掻くアシルに、張り詰めていた緊張が僅かばかり解れる。その後スープを用意するときも、彼は作るのを見ながらあれこれ話しかけてくれた。彼なりに気を遣っているのかもしれないし、彼自身も気を紛らわしたいのかもしれない。
「よし、できた! このスープを飲んでもらおう」
平皿に入れたスープをマイッサの部屋まで持っていく。根菜で少し黄色くなったスープには、細かくちぎったヨモギがたくさん入っていた。
「マイッサ、飲んでみて」
「うん、ありがと、ロッティー」
具も掬える深めのスプーンで、マイッサはゆっくりと食べていく。幸い、食欲はあるようだ。
「食べたら少し眠るといいわ。お腹の痛みがひどくなるようなら言ってね」
よし、とりあえずこれで様子を見よう。
部屋を出たあと、若い女性の使用人であり、料理を担当しているカナチを屋敷の裏口近くの物置スペースに呼んで、明日以降の食事について説明する。
「薪も置いているここに、ヨモギの葉を置いておきました。これで毎食スープを作ってマイッサに出してください。ヨモギですが、先に焙煎する方が……」
ちゃんと薬草が効いてくれれば、すぐに治るはず。しかし、事はそんなに簡単には運ばなかった。
「うう……ゲホッ、ゲホッ!」
「おい、マイッサ、大丈夫か」
「うん、大丈夫……お兄ちゃん、ありがと」
部屋に、アシルの心配そうな声が響く。一緒にいたリザも、落ち着かない様子で目をきょろきょろさせていた。
翌々日になってもマイッサは快復しない。どころか、悪化しているようだ。嘔吐するようになったし、一昨日までは起き上がって活動していることもあったのに、今は一日中グッタリしている。
「シャルロット、薬草が体に合わなかったんじゃないか?」
「ないとは言い切れないわ……でもヨモギは幼児でもちゃんと効果が出るような草よ。マイッサは十歳だもの、問題ないはずなんだけど……」
考え込んでいると、部屋をノックする音が響き、使用人さんがスープを運んできた。私が教えた作り方で毎食作ってくれているらしい。
「ある程度冷ましてきたのですぐに食べられると思います」
そう言って彼女がフタを開けた途端、私の鼻が異常を捉えた。おそらく、ずっと草に触れている私だけが感知できる、その微かな違い。
「待ってください、何かおかしいです、そのヨモギ」
彼女の元に駆け寄り、スープに浮いている葉をスプーンで掬う。そして口を拭くためのナプキンで水分を取り、改めて匂いを確認した。
「これは……クサノオウね」
「クサノオウ? シャルロットが採ってきたものではないのですか?」
心配そうな声でリザが訊く。
「葉がヨモギに似てるんですけど、全く違う草です。かなり毒性が強くて、食べると内臓が
それを聞いたリザは「ひっ」と悲鳴のような音を立てて息を吸った。
「シャルロッテ、まさかと思うけど、間違って採ってきたのか?」
「いや、そん——」
「そんなわけない!」
私より先に否定したのは、マイッサだった。見た目にも分かるほど痩せた体をグッと起こして、まっすぐにアシルの方を見ている。
「あれだけ草に詳しいんだもん、ロッティーはそんな間違いしないよ。それに、今匂いに気付いたのもロッティーなんだから、採ったときに分かるはずだよ」
「マイッサ……ありがとね」
彼女はニコッと微笑む。やつれてもなお綺麗な顔に癒されながら、私の頭はひどく冷静になっていた。
「私はヨモギを採ってきたわ、間違いなく。それが今、クサノオウになっている。残念だけど、そうすると結論は一つね」
「一つって、まさか……」
最後まで言えずにいるアシルの代わりに、私は大きく頷いた。
「誰かがすり替えたのよ」
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