第3話 クジャンでの依頼
「海沿いだと生えてる草も変わるなあ! 海風で全く違う地方にしか生えない草の種が流れてくるからかなあ」
「かもしれないな」
草をぎっしり詰めた大きな麻袋を持って歩く私の前で、案内役のリンゲは海を見ながら相槌を打った。
来てほしいと依頼を受けた翌日。私は行くことに決めて返事をし、必要最低限の荷物をまとめてクジャンに向けて出発した。一日二日、という話ではなく長期滞在もあり得るということなので、イネスは寂しがりつつも「他の人の役に立てるなら絶対行った方がいいよ!」と強く背中を押してくれた。
家を空けていくことになるけどイネスの家族が管理してくれるらしい。もっとも、両親の形見や貴重な草は全部持ってきたし、不要な草は泣く泣く処分したから、そこまで管理が大変にはならないだろう。
「ほら、あそこがクジャンだ」
「あっ、ホントに海沿いなんですね」
フーシェ村から北東に向かって歩くこと半日。クジャン村に到着した。島国であるラカレッタの東端だけあってどこからでも海が見えるが、高低差があるため万一海が荒れても村が飲まれることはなさそうだ。様々な荷物を積む船が多く出入りしていて、隣国との貿易の拠点となっていることが窺える。この村から王国全土に向けて荷物を運べるよう道の整備が進んでいる、とリンゲが教えてくれた。
ただ、私が呼ばれた理由はまだよく分かっていない。彼もそれは依頼者本人に聞いてほしい、と固く口を閉ざしている。
「この先だ」
村の入り口から奥に進んでいくと「お嬢ちゃん、買っていくかい?」と声をかけられた。露天商はフーシェにもいたけど、取った魚を売っているのはさすが海沿いの村といったところだろうか。生臭さが広がらないよう、水を張った大きな木箱に入れている。
「あれが私の雇い主、そして今回の依頼主であるベルナール家だ」
「うわっ、豪邸だ!」
リンゲが指差した先に、明らかに他の家と違う、「屋敷」と呼んだ方が相応しい建物が立っていた。木造の家が多い中で、ここだけレンガ造り、そして何軒分か分からないほど広い。さらにその周りには、子どもが優に十人は遊べるほどの広さの庭が広がっている。この村の、いや、おそらく隣村合わせたこの地域全体でも群を抜いた富豪であることは明白だった。
庭をキョロキョロ見渡しながら正門を潜り、建物の中へ入っていく。真正面に位置していた建物に加えて左右に別棟があるのは、リンゲのようにこの家に仕える人々の住まいかもしれない。本当に大きな家だ。
やがて一番突き当りの部屋に通される。簡単なパーティーができそうな部屋に、綺麗に磨かれて光沢のある金属製のテーブルと椅子。何人も腰掛けられるそこに座っていたのは、四十代半ばくらいの夫婦だった。
「ユリスさん、お連れしました。シャルロット・マテューです」
「ああ、ご苦労だった。こんにちは、シャルロット。君を連れてくるように依頼したユリス・ベルナールだ。こっちは妻のリザ。子どもたちはこれから来る」
二人揃って頭を下げる。金持ちや権力者は性格が悪いというのは昔話の定番だけど、礼儀正しい姿は全くそれに当てはまらない。
茶色い髪をやや伸ばしているユリスは、目に年齢こそ感じるもののかなり若々しい顔立ちだ。たれた優しい目をしているので穏やかそうな性格に見えるが、その瞳の奥には力強さを感じさせる。よく見れば体格もがっしりしており、さすが財を成している人物、というオーラがあった。
妻のリザも、所謂金持ちの奥さんにありがちな傲慢な浪費家のような印象はない。私の髪より格段に明るい、白に近いような金髪を肩につくまで伸ばし、綺麗に紫に染めた絹のドレスを
「シャ、シャルロット・マテューです。お招きいただき光栄です、ユリス……様」
「そんなに改まることはないぞ、様をつける必要はない。別に王族でも貴族でも何でもないからな」
「ありがとうございます。ではユリスさんと呼ばせてもらいますね」
呼び方を迷った私に明るく笑いかけてくれるのを見て、少し安堵する。こういう場は慣れないので、どう話していいかも分からなかった。
「それでシャルロット、草に詳しい、というのは間違いないか?」
「そうですね、愛してます。特に薬草と毒草を」
即答だった。
「華やかな花より、地味な草の方が好きです。全部同じに見えて、香りも効果も全然違う。人間みたいだなって思って愛でています」
「人間みたい、か。面白いな」
目を丸くして返事をしてくれたユリスは、グッと身を乗り出した。
「リンゲからある程度聞いているかもしれないが、最近このあたりは隣国との貿易が飛躍的に増えたおかげで発展が目覚ましくてな。私達も積極的にそこに投資している」
なるほど、それでこれだけの財を成したのか。富が増えるほど、より投資をすることができ、さらに富は増えていく。上り調子ということだろう。
「私達が今力を入れているのは道の整備だ。これを北部、いずれは王都に届けられるようにすれば、王国全土により良い食品や道具を届けることができるだろう」
「だから、他の村からの出稼ぎで肉体労働しに来ている人が多いんです。それに、未開の森を開拓しないといけないから魔物討伐も増えています」
ユリスに続いてリザが口を開いて補足する。そこまで聞いて、ようやくピンと来た。
「ははあ、その仕事中に病気になったり怪我をしたりする人が増えたんですね。医者も全部を診きれるわけじゃないから、薬草に詳しい私を呼んだ、と」
「なかなか鋭いな、シャルロット。あとは毒草の知識も、魔物に活かせるんじゃないかと思っている。悪い話ではないだろう。報酬は弾むし、フーシェよりお前の知識が役に立つ機会は多いはずだ」
「はい、医者がやらないことをやっても良いわけですね」
「そうだ、まさにそのつもりで声をかけた」
ユリスと顔を合わせ、お互いニヤリと口角を上げる。利害の一致を提示して、相手を思う方向に持っていく。やはり成功を収めた人はこういう交渉がうまい。
「ぜひやらせてください。よろしくお願いします」
立って一礼すると、彼も立ち上がって握手の手を差し出した。
「感謝するよ。今日は疲れただろうから休んでくれ」
穏やかな声に混じって「お父様」と呼ぶ透明な声が後ろから聞こえた。
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