第4話 不意の機会

 振り返ると、可愛らしい少女と、不機嫌そうな青年がこちらに歩いてくる。


「やっと来たな。息子のアシルと娘のマイッサだ。二人とも、今日からうちで働いてくれる、シャルロット・マテューだよ」

「シャルロット、こんにちは! マイッサ・ベルナールです」


 派手過ぎない薄いピンクのドレスをひらひらと揺らしながら、マイッサは一人前のレディのように綺麗な姿勢で挨拶した。母親であるリザ譲りの白っぽい金髪は、天然のウェーブがかかっている。人形のような顔も、優しい目とぽってりした唇で、、女子の私でも思わず見蕩れ、妬んでしまいそう。


「草に詳しいってホント?」

「ええ、本当よ。どれだけの草を食べたか分からないわ」

「えっ、食べてるの! すごい!」


 口に手を当ててキャッキャとはしゃぐ。そんな様子を、兄であるアシルはギロリと見ていた。


「私は十歳なの。アシル兄さんは十八だから、結構年が離れてるのよ」

「おい、余計な紹介はいいんだよ」

 ぶっきらぼうに返す彼に、ユリスは「やめないか」とたしなめる。


「ごめんなさいね、シャルロット。今日はちょっと不機嫌みたい」

 リザが謝ると、アシルは鼻でフンッと息を吐いた。


 マイッサも人形のように可愛いけど、彼もまた一流の職人が作った人形のように端正な顔立ちだ。父親のユリスより若干ダークな茶色の髪を短く切り、背もかなり高いため、全体的に爽やかな印象。キリッとした目は凛々しさを感じさせ、鼻と口のバランスも良い。

 この見た目で富豪の息子、周りの女子がさぞ放っておくまいと思いながらも、その態度はちっとも王子様然としていなかった。


「詳しいったって、田舎から来た草むしり女なんだろ」

「なっ……!」


 私の方を見たかと思えば、いきなりこの一言。私のことはともかく、草までバカにされた気になり、私の怒りはいっきに最高潮に達した。


「フーシェは草に囲まれた素晴らしい村よ! 風邪にも効くし冷え症予防にもなるカキドオシがあんなに生えている場所は珍しいんだから。飲用だけじゃなくて浴用に使える薬草も多いのよ! それに何、草むしり女って。雑草に困ってる人は抜いてもらって嬉しい、私も研究材料をたくさんもらえて嬉しい。これで十分じゃない!」


 彼は私の反撃にやや動揺したようだったが、「うるさいな」とばかりに小さく溜息をつき、さっきマイッサと話していたときのようにジロッと睨んだ。私もキッと睨み返す。


「まあ、草むしり女ですけど、もう雇われたので、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくな」


 アザミの葉のように棘のある言い方で挨拶し、私はベルナール家で働くことになった。




 ***




「すごい、ワルナスビがある! 確か黄色い実に毒があるんだよね。前に一度だけ摘んで食べたけど、一日寝込んだな……今度こそ毒抜きチャレンジだ。こっちのはカナムグラだ、待って、ここ葉っぱに棘がある草ばっかりじゃん! 棘まつりだ!」


 ベルナール家に雇われて五日。私は今日も広大な庭を眺めながらウキウキと独り言を漏らしている。フーシェ村とは場所も気候も違うので、やはり生えている草も違うし、庭が広いから種類も多い。キッチンも大きいし、車輪のついた珍しい移動式の釜戸もあるようなので、いざとなったらそれと薪さえ運べば自分の部屋で調合もできる。


 緑の絨毯のように敷き詰められた草を見ながら、私は気になる草を摘んでいった。でも、草むしりの仕事と違って全部抜けるわけじゃないので、趣味の研究には材料が足りない。また空いてる時間見つけて、他の家の草むしりに行こうかな……。


「ホントに草ばっか見てんだな」

 呆れたように声をかけてきたのは、アシルだった。


「それが仕事だからね」

「仕事ねえ」


 庭の前を通りかかった同い年くらいの女子二人が「アシルさん、こんにちは!」と挨拶して手を振る。彼の顔立ちならこの人気も頷けるけど、彼は表情を和らげることなく小さく手を振り返すだけ。私に対する対応と同じでかなりドライだ。


 私が挨拶のときに何かしただろうか、と思い出していると、彼は顔をしかめたまま口を開いた。



「そもそも医者の仕事だろ? なんでお前がやることになってるんだ?」

「まあ、医者じゃできないこともあるのよ」

「ふうん、そうなのか。父さんが騙されてなきゃ、それでいいんだけど」


 不機嫌そうな表情と言葉に、一抹の不安が見て取れる。


 そうか、彼は心配しているのだ、私がお金目当てで近寄ってきたのじゃないかと。クジャンの中で浮いて見えるほどの富豪だ、ユリスに近づいてくるのは善良な人間だけではないだろう。それはもちろん、アシルにとっても同様のはず。


「安心して、私は草を扱えるならそれで十分だから。父親思いなのね」

「うっさい。騙されでもして、家が貧しくなるのがイヤなだけだ」


 どこか照れたようにこめかみの辺りを掻きながらそっぽを向く。どうやら根は良いヤツらしい。


 一歳年上とはいえ、可愛いところもあるじゃないかと思っていた、その矢先だった。



「魔物の討伐隊だ! こいつの怪我がひどい。誰か、急いで医者を!」


 鎧を着た男性におぶわれる形で、若い男性が屋敷に運ばれてきた。かなりひどい怪我をしたらしく、痛みでうめいている。庭を歩いていた女性が急いで入口に駆けていき、やがて男性の医者が飛び出してきた。


 建物の中まで連れていくのは難しいと判断したのか、彼は庭の土の上に麻の布を敷いて、怪我人を寝かせる。


「ぐううううううう!」


 足を見ると、どうやら魔物に噛まれたらしい。太ももを覆う紺色の服に血がべったりとついて、黒いシミのように滲んでいる。ただ、痛みでその場を転げまわるように動いているので、じっくり診ることができないようだ。


「まずは沈痛が先だな」


 言いながら、医者は持ってきた木箱から薬草を取り出す。そしてその葉を細かくちぎった。


「これを食べなさい」

「……げほっ、なんだこれ、苦い! げほっ、げほっ!」


 半ば強引に口に突っ込まれた草を、怪我人は反射的に吐き出す。あんなの、飲み込めるわけがないのに。

 プライドの高そうな顔をした医者は「水で流し込むか?」とやや苛立ったように訊いた。その様子を、アシルは服の胸元を押さえて心配そうに見ている。


 私は、我慢ができなくなった。


「はい、すみません! 私が鎮痛剤作ります!」

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