二回戦:チャージエンショット④

「さっちゃん!」

「残念、防がれてしまいましたね」

 天月さんが笑う。

 さっちゃんは、天月さんがぼくにショットを撃ってくることを予想して、ぼくを攻撃したのだった。

 このゲーム、


「天月…………!」

 バン、と強く机を叩くさっちゃん。それに反応して羽村さんの肩がびくりと震えた。

「ふふ。では気を取り直して次のセットへいきましょう」

「待てや、まだうちが手を公開しとらんやろ」

 あさひさんの手がオープンになる。『チャージ』だった。

 でも、天月さんもさっちゃんもそんな手には興味がないとでも言うようにお互いににらみ合っている。

 彼女は未だに怒りが収まらないと言った表情をしているので、ぼくは「さっちゃん、ありがとう」と告げた後、両手のひらを下に向けて落ち着け、のジェスチャーをした。


 ぼくのために怒ってくれるのは嬉しいけれど、冷静さを欠いたら勝てるゲームも勝てない。


「脱落者はいません。それでは第四セットに移ります。自身の手を選択して下さい」


 進行の女性が言う。

 ぼくは大きく息を吐いて、改めて状況を確認した。

 まず、ライフが残りひとつのあさひさんと羽村さんはしばらく動けないだろう。と言いながら、あさひさんは今チャージしていたので、何かをやらかす可能性はゼロではないけれど。

 また、

 つまりどこかでチャージをしないと、誰にも攻撃ができなくなる。

 天月さんはライフ、チャージともに余裕があるので、溜めに行くさっちゃんを攻撃するかもしれない。

 だからぼくは、天月さんにショット、あるいはチャージだ。


 そう思ってタッチパネルに手を伸ばし――――脳裏に、冷たい感覚が走った。


 それは、


 ついさっき、天月さんからショットを受けたときの、頭が真っ白になる感覚だ。

「…………」

 もし天月さんが次もぼくを狙ってきたら。

 さっちゃんはチャージがゼロだ。もうさっきのように彼女に庇ってもらうことはできない。

 もし。

 もしも。


 ――気付いたらぼくは、天月さんからのショットに対する『ガード』を押していた。

 天月さんと、隣り合うあさひさんからの攻撃を防ぐ鉄壁の盾。

 それを選択する手はきっと、震えていた。

 ゆっくりと息を吸って、吐く。

 大丈夫、大丈夫だ。少なくともこの手番では天月さんからの攻撃を受けることはない。


 恐怖なんかに負けないで自分の意志で選択をしよう。

 ぼくは唇をぎゅっと噛み締めて、指を絡める。


 進行の女性がマイクを手にとって、凛とした声でアナウンスをはじめる。

「全員の選択が終了致しました。それでは羽村様から順に開示します」



 


 開かれた手を見て、ぼくは一瞬状況が理解できなかった。

「え…………?」

 ぼくはガードをしているが、それはあくまで天月さんと、隣りにいるあさひさんからの攻撃のみ防ぐ盾だ。


 ――――つまり、羽村さんからの攻撃は、ぼくに通る。


「すずくん!」

 さっちゃんの焦る声が嫌に遠くに聞こえた。

 ぼくの手が開示される。もちろん、『ガード』だ。

「久野様は羽村様の攻撃を防げていません。また、確認したところ、他に久野様へショットを撃っている方がおりませんので、羽村様のショット、成功です!」


 ゆっくりと状況を飲み込む。

 ぼくは、撃たれた。

 そして前セットのさっちゃんのように、ぼくへ攻撃を重ねた人もいない。


 つまりぼくは、あっけなくライフをひとつ失った。


「…………クソっ! クソっ! クソが!」

 状況を理解したぼくの口からこぼれた言葉は、シンプルな悪態だった。

「馬鹿か、ぼくは!」

 そうだよ、ぼくは馬鹿だ。

 攻撃した結果でも、次に備えてチャージをした結果でもない。

 ぼくはただビビって、後ろに下がったんだ。

 そしてそこを撃ち抜かれた。

 こんなにも情けない話があるかよ!

 で自分を曲げて、その結果負けるだなんて、あまりに情けなさすぎる。

 さっちゃんなら、あさひさんなら、そしてヒナミの爺さんなら、絶対にそんなことをしていないだろう。

 なにが勝負師だ。なにがゲームが好きだ。


 ぼくはあの日から、なにひとつとして成長していないじゃないか。


 悔しい。


「すずくん! すずくん、聞こえる? ねえ!」

 さっちゃんの声が聞こえる。

 聞こえる。自分でも驚くほど鮮明に、聞こえている。

 悔しくて悔しくて頭が割れそうだけれど、それと反比例するかのように、ぼくの頭は冴えていくような感じがした。

 そうだよ、思い出せ。

 

 準備して準備して、自分を信じてオールインすることだ。


 準備とはなんだ?

 

 

 想定しろ、観察しろ、すべての出来事に、準備しろ。


「大丈夫。ごめんね、心配かけて。ぼくはもう、大丈夫だ」

 さっちゃんはぼくの顔を見て驚いた表情をして、「ならよかった」とはにかんだ。

 可愛い。

 そうだよ、さっちゃんは可愛いんだ!

 そんなさっちゃんに、最愛の女性に好きって言ってもらうためには、変わらなきゃ。


 ぼくくらいはぼくを、信じないと。


「大塚様の選択は『ガード』」

 さっちゃんは天月さんからの攻撃警戒でガードを選んでいた。


 そして天月さんが選んだ手は――チャージ。

「……相変わらず、挑戦的だな天月さんは」

 ぼくは小さく呟く。

 ぼくが恐怖心に負けずに天月さんを撃っていれば、攻撃は通っていたんだ。


 そうやってほんの少し後悔していると、あさひさんの声が聞こえてきた。

「なぁ鈴也」

「…………なんですか?」

「え? どういうことですか」

 その言葉の意味は、単純だった。


 あさひさんの選んだ手は、ショット。

 対象は――天月さん。

 天月さんはチャージ。つまりこの攻撃は、通る!


「……なんだと?」

 それは、天月さんの口から溢れた初めての丁寧じゃない言葉だった。

 表情から、ニヤついていた笑みも消えた。

「ふむ、三上さん。あなた自分のライフが残りひとつってわかっていますか? 一手読み違えたら即脱落なんですよ?」

「はっ! 。うちはここでやる女や。一個前のゲームからもよう知っとるやろが!」

 

「天月様へのショット成功です」

 進行の女性が言い。

「――素直に凄いや」

 さっちゃんが拍手をした。


 これで、さっちゃん以外の全員が、残りライフひとつとなり、攻撃を受けた時点で即脱落する状態になった。

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