ガールズトーク(重)

 未来達がケーキを買いに出るのを見送った私は洗面所を借りてメイクを直していた。





 正直、今日の話が決まったときからずっと不安だった。



 私の知らない未来を知っている人達。 眉目秀麗とも言えるほどの男女グループに入り込まなければいけない不安。



 それでも気合を入れて準備をして、覚悟を決めて望んだつもりだったけど。



 目の当たりにすると、想像以上にキツかった。



 私のいない時間を積み重ねた事を見せつけられるようで。



 私じゃない女の子と気負いなく話してる姿に嫉妬して。



 家はそんなに遠くないのに。



 どうして私は未来の幼馴染みじゃないんだろうって。



 そんなときふと思った。 思ってしまった。



 今日の集まり、私いなかった方がよかったんじゃないか、って。



 それがよぎった刹那、気付く 。




 か………!




 出来上がっている様に見える関係性の中で外の自分がいない方が良いかもと思える自己嫌悪と疎外感を肌で実感し、考えを改める。



 こんなのをずっと抱えてたなんて、と彼氏の顔を思い出し気持ちを改める。 私がこれを打ち明けた時に帰ってくる言葉はわかりきっている。 今の私だって彼にそう言葉をかけるだろうから。



 だから、なんとかそこに立ち続けようとしたんだけど。



 一旦でも未来がその場に居なくなると思ったら、揺れてしまって。



 そんな姿を見せてしまった自分が情けなくて。




 でも、未来には。 全部見抜かれていた。



 欲しい言葉を全部、全部言ってくれた。



 それだけ私を見て、想ってくれている事への喜びで自分が満たされる。



 なのにそれに加えて私にどうしてほしいか聞くなんて。



 私はもうあなた以外考えられない。



 これからのあなたが全て欲しいだなんて………重い事を口に出すことは出来なかった。



 だから、約束なんて言葉で曖昧にして。 これからも一緒、なんて言葉で誤魔化したのに




 あなたが私の目を見て。



 を誓ってくれた。



 私の重さも見抜かれた上で、そう言ってくれたんだと。



 気づいた時にはもう涙が抑えられなかった。



 外面を取り繕ったことなんて忘れて彼に抱きついた。



 時間も周りも関係なく。 今私がこの人を想っている事実があればいいんだって思えた。






今日ずっと振り回されっぱなしだったので、ちょっと動揺させたくなって。 あざとい言葉まで使っちゃって慣れないおねだりをした事は、勢いでの行動だったけど幸せだった。 ……ちょっぴり、カレー風味だったけど。





 ◇





 私がリビングに戻ると、阿久根さんがおでこだけを机に付ける形で突っ伏しているのが目に入り、ギョッとする。



「ど、どうしたの……?」


「超超超自己嫌悪中………だって」



 阿久根さんの代わりに藍崎さんが答える。どうしたらいいかわからずいると、急に阿久根さんが立ち上がりこちらを向いた。そして




「北上さん、不安な気持ちにさせてすいませんでした」




 こちらに向かい腰を真っ直ぐに曲げ、そんなふうに言ってくる物だからどう答えたらいいか解らない焦りと、解っているのなら、と口に出したら角が立つような思いが湧いてくる。



 阿久根さんが顔を上げて、こちらをまっすぐ見据え言葉を続ける。



「今回に関してはちゃんと言葉にして伝えておくべきだったな、と思いまして。 今日私がこっちに来たのも、今聡志達に外に出てもらってるのも、色々理由を載せたけど本当は北上さんと会って話したかっただけなんだ」



「え、そうだったの……?」



 私は阿久根さんの隣に座っている藍崎さんを見る。彼女は穏やかな笑みを浮かべたまま動揺することなくその場で落ち着いていた。



「今日の話をマイちゃんから聞いた時、そうなんだろうなって。 だからさっきのワガママ…に見せたお願いも今日集まった理由も未来くん達はそういう意図とか全部わかってる。 でも、私達はそれでコミュニケーションが成立してるけど、それを北上さんがどう思うかっていうのを深く考えられて無かった…… ううん、私達の想像以上に北上さんが未来くんの事が好きなんだって思わなかったの」


「未来にアタシの尻ぬぐいさせちゃってもう情けないったら無いよ……」



 そう言いながらまた項垂れる阿久根さん。 さっき未来からもらった言葉たちが私を前に進ませる。




「ねえ、2人とも。 名前で呼んでもいい?」


「……………! うれしい! 勿論! アタシはなんて呼んだらいい!? マヒロ? ヒロちゃん? マッヒー? ひろひろ!? マロちゃん!?」


「マイちゃん落ち着いて。 私も大丈夫。 私も真尋ちゃんって呼ぶね? あ、でも外面の時は今のマイちゃんみたいな変な呼び方するかもだけど」



 結局はお互い呼びたいように呼ぶ、に落ち着いた後。



「で、私達だけにした上で何を話そうと思ってたの?」



「この流れで言うのはあれだけど………」



 そうやって少し黙った後、小さい声で



「ガールズトーク?」



 そんな言葉を漏らすのだった。





 ◇




「しかしマイちゃん、今日めっちゃはしゃいでたね。 そりゃあの感じで彼氏とつるまれたら不安になるのはそれはそうなのよ」


「普段からああじゃないんだ。 正直天宮くんよりも未来と親しげに見えちゃったから」


「…………だって、アタシがこっち来ても全然顔出さないし、夏休みとかお正月みたいなタイミングでも忙しいで終わっちゃうし。 踏み込むのは怖かったし。 聡志達は普段会ってるしメッセは普通に返ってくる以上待つしかないかなで2年もマトモに顔見てなかったんだから」



そうやって語る舞伽ちゃんは落ち込んだ様子で、その語り口が小さな子どものようでとても可愛く見えた。



「だから、未来の問題が解決したと思ったら、彼女まで出来ちゃってもうめっっっっっちゃ嬉しかったの! それで2人に直接会いたくて、今日久しぶりにちゃんと会ったら、あんな風になってしまった次第です……」



 子供のように、きっと幼い頃のように今日未来と接していたんだという事が見え、微笑ましい心もちになる。



「そもそも、未来に彼女が出来た事が信じられなくって」



 バッサリだ。でもその気持ちは解る気がする。



「彼女が出来たメッセ5度見くらいしたよ。 自分の事より他人の為に動くタイプだったから、自分の為の恋は遠いかな、なんて思ってた」



 そう。その性格から新しい家族に対する立ち位置に迷い、自分で自分を傷つけていた。



「身内以外には基本心開かなかったし……だから私もどうやって未来くんを攻略したのか気になる」


「攻略って……」



 眼鏡が光ったような錯覚を見た気がする。 夕美ちゃんの使った慣れない言葉を受けつつも、私も不思議だった。



「自分でも未だに解ってないんだけど……私、初めて話しかけたときから未来に冷たくされたりとか突き放されたりした事無いんだよね……本人にも聞いたんだけどなんでだか解らないって言われたし」



 そう言うと2人は揃って驚きの表情をこちらに見せる。



「さっきも言った事と関連するんだけど、真尋ちゃんはちょっとその姿を見てるかな。 未来くんって身内以外には冷たくて。 相手を見て、自分や私たちに対してどういう意図で近づいてきてるかがわかるみたいなの」


「小さい頃からおじさんとかの……言い方が悪くなっちゃうけど、顔色を見ながら過ごしてきたからか察しが異常にいいんだよね……。 それで悪意だったら突き放すし、好意でも自身に対しては素直に受け取れないしで」


「それで助けられた部分は多いけど、それでもみんな心配してたの」


「アタシと聡志がくっついて、ユミちゃんと朝陽がくっついてでその事に気を遣って欲しくなかったし私達には疎外感も感じてほしくなかった。 それであえて男子3人に褒めさせって形でひとまとまりというか、ちゃんと輪の内だぞってやってたんだけど、真尋にはそれで嫌な思いさせちゃったっぽいし」


「それは………まあ、それで私も褒めてもらったので、チャラで」



 そんな事を聞いた時、自分の中のわだかまりを思い出す。 これから彼女達と付き合っていく以上、聞いておきたい………結局は私が安心したいだけなんだけど。



「舞伽ちゃん」


「なに?」


「未来の事好きだった時期ってある?」


「無いよ」



 私の不安をよそに、なんの迷いも躊躇いも無くアッサリと言い切られてしまった。



「勿論友達としてはずっと大事で大好き。 でも今真尋が言ってる意味合いで好きだったことは無いから安心して」


「そ、うなんだ」


「…丁度いいから、ここで言っとくね」



 舞伽ちゃんが真剣な面持ちをこちらに向ける。それに少し気圧されるも彼女の目を見た。





「アタシね、聡志を愛してるから。 さっきは出会ったときの話を殆ど覚えてないなんて言ったけど嘘。 本当は一字一句全部覚えてる。 これまでもこれからもアタシは聡志の隣に立ちたいんだ」




 恥じらいも、迷いも無く、それが自然であるように彼女は言いきった。



「………すごいね」


「ありがとう。 だから、アタシと未来のやりとりを見て不安になってた所もあると思うけど、許してくれると嬉しいな」


「舞伽ちゃんほど強くはなれないけど、私も朝陽くんと今までもこれからもずっと一緒にいるつもり。 それが自然だったんだもん。 そのためならなんでもする」



 ……私は、今日自分の事を重いと感じたけれど、目の前のありのままで語る少女達を見ると、もしかしたらまだまだだったのかもしれない。


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