積み重ねられた時間と

 まさか1日でここまで恥ずかしい思いをするとは考えもしていなかったが、もう諦めをつけて真尋のフォローをする。



 早紀さんと悠には一旦部屋に戻ってもらい、リビングに戻ったとき。



「未来ー、おなかすいたー」



 そんな事をしているうちに昼にかかる時間になっていたようで、舞伽はそんな声を上げた。



「はいはい、準備してますよ」


「やったー!」



 俺はキッチンに向かいつつ、仕上げ……なんて言えるほどの事では無いが、進めるために鍋に火をかけ直す。



「朝からやってたのお昼ごはんだったんだ。 何?」



 真尋にそう聞かれ、俺がルゥを片手に答えると同時に舞伽も声を上げた。



「カレー」

「カレー!」





 ◇





「はい、真尋の分。 これくらいでいい?」



「大丈夫、ありがとう」



 自分の分を取りテーブル側に座った真尋の横に俺も座る。全員が食事を前にすると、自然と皆がそれぞれ手を前に合わせた。合図も無く、声が揃う。



「いただきます」



 真尋も一緒に行っていたが、少し驚いた様子だ。



「……私は未来と食べるときに合わせてやってたんだけど、何も言わずみんな揃うもんなんだね」


「まあ、こればっかりは習慣だねぇ。 未来もあってない間ちゃんとしてたみたいで感心感心」


「舞伽うるさい……。」



 習慣になった事をやめることなんてそうそうないだろ、なんてボヤきながら恥ずかしがってる事を表に出さないように食べすすめる。



 ふと横を見ると、真尋の手が止まっていた。 俯き気味で、やはり沈んだような雰囲気がある。



「なんでカレーなのか、聞いても良い?」



 不意に真尋が口に出す。俺は正面にいる聡志、舞伽の順に目配せをし、その後舞伽が口を開いた。



「……フフフ、お答えしましょう! 未来の家に来たらカレー、と定番になってるから! です!」



 ソファ側で食べていた朝陽から続きが話されていく。



「まだ小学生の時、舞伽がこっちに来るタイミングで未来がちょうど親父サンがいなくて家から出られないって言ってさ。それで皆で未来の家……まあここに来て遊んでたんだよ」


「そうそう、それで俺の彼女様である舞伽が急におなかすいた! って言い出してなぁ」


「そん時はまだ違うし! ワガママだったなって今は思うけどその時はどうしても耐えられなくて、そしたら未来がキッチン漁ってカレーなら出来るかもなんて言い出したんだよね」



 懐かしむように皆話を続ける。



「それでみんなでつくろー! ってなったけど、私たちじゃ不甲斐なさすぎて、未来くんにキッチンから追い出されちゃった」


「米に食器洗剤入れようとするのを見たらそりゃそうだって……真尋、目の前にいるその女がさっきの話の実例だから真似しちゃ駄目だぞ」


「む、昔の話だし! 今は料理上手なんだから!」



 そんな事を言って笑い合う。



「俺もその時はまだちゃんと料理できたわけじゃ無いけど、ルーの箱見て、今ある食材で食べれそうなの入れて、それで頑張って作ったんだよね」



 その時のカレーは、今にして思えば薄かった気がするし、入ってる食材もめちゃくちゃだった。でも



「それが美味しかったから、未来の家に集まるときはカレー、ってなっていったんだ」



 そうやって、それぞれ時間を積み重ねていった。



「………そっか」


「まあその最初の時はおやつ時から作って食べたおかげでみんな晩ごはん食べられなくて怒られたけどな」


「ええ………?」


「そうなんだよねー………」


「俺に関してはそれに合わせて親父がいない状況で1人で包丁触ったからプラスでめちゃくちゃ怒られた」



 それを聞いた真尋は、少し嬉しそうにこちらを見ていた。



「なんか、未来らしいね」


「な、なにがでしょうか」


「だって今はそうやって言ってるけど、言い方的に包丁を1人で触らないって約束をしてたんでしょ? そのお父さんとの約束を忘れてたわけじゃなく、怒られるの承知で皆のためにってやったんだろうな、って思ったから」



 見透かされたような……いや、実際見透かされた事を言われ。恥ずかしくなり顔をそらす。 ああ、嬉しい。 好きな人が自分の事をわかってくれている。こんなニヤけた顔はまともに見せられたものじゃない。



 そうして食事を皆が食事を終えると、自然と手を前に合わせる。



「ごちそうさまでした」



 誰も何も言わずとも、自然と揃った声が響き渡った。





 ◇





 食器の片付けを食洗機に任せて、リビングに戻ったとき。



「紅林館のケーキが食べたい!」



 舞伽が立ち上がりそんな事を言い出した。



「未来、買ってきて!」



 こちらを見ながらそう言う舞伽の目を見る。



「いや、紅林館って駅前じゃねーか。往復で結構かかるぞ」


「今日寒いからケーキは大丈夫でしょ。 待ってるからで行ってきて」



舞伽の言葉を聞き、やっぱりか、と考えつつ立ち上がり二人へと声をかける。



「いや俺らへの配慮は……しょうがねーから行くか、2人共」


「言い出したら聞かないしな。 何が食いたいかだけ後でまとめて送ってくれよ」


「寒いのきらい……」



 朝陽が弱音を漏らしているが、文句は言わず準備している。



「真尋も、何系が良いとか送っといて」


「え、本当に行っちゃうの……?」


「ご所望だからなー。 悪いけどこっちにいてくれると……」


「……………」



 不満と不安と、少しの疑念が籠もった目がこちらを見据える。



 この後の事を考えるといいタイミングとは言えないが今ここでフォローしておかないと、と真尋の手を引き、その場から連れ出した。



「ちょっと来て」


「えっ?」





 ◇





 アウェーの空間を抜け、俺の部屋で2人きりになる。



 朝から緊張しているのは解っていたが、どうやら思っていたよりも深刻だったらしい。



 俺は不安そうにしている真尋の両手を自分の両手で包み込むように握りしめる。



 そんなに時間はかけられないが、しっかりと伝えなければ。 俺の胸の内を全て。



「今まで俺が恋愛として好きになった事があるのは真尋だけだ。 君に出会わなければこんなにも誰かが欲しいなんて衝動を知る事はなかったし、誰かといる事でこんな幸せになるなんて思ってもいなかった」


「未来……?」


「今不安に思っていることは当然だと思う。 積み上げた時間というのは変わらないし、すぐには手に入らない物だ」


「っ…………」


「でも、俺は、それ以上の時間をこれから真尋と一緒にいたい。 いさせて欲しいと心から思ってる」


「…………私も」


「たとえどこにいようと、誰がいようと、俺の隣には真尋がいて欲しいと思ってる。 いや、違う。 俺は君が必要だ。 隣りにいてくれなきゃダメなんだ」


「………どうして」


「…………これだけ想いを言葉で並べたけど。でも、結局今のは言葉だけだ。 それですぐには安心なんてできないと思う。 どうしたら、今真尋は安心できるかな………?」



 今俺からあげられるものなんてほとんどないも同然だ。 でも彼女の為になるのならば何でもしてあげたい。



 真尋は、泣きそうになりながら、



「………約束。 約束が欲しい」



 絞り出されるように、彼女の口から求めるものが吐き出される。



「さっき言ってた、これからも一緒にいるって。 約束して」



 湿った声で出された言葉を、弱音とも思えるその想いを受け、自分の咄嗟に口から出そうになる軽い慰めを飲み込む。 一瞬目を閉じ、ゆっくりと瞼を開き彼女の目をまっすぐと見つめる。



 そして、一息吸い、意を決して答えを出した。




「誓うよ。 これから先のを、真尋と一緒にいる事を」




 大げさな事を言っている。今の自分が言うには手に余る事だと。 なんの保証にもならない。 だけど、今この言葉が必要だと感じたから。 こう言わなければならないと思った。



 俺の誓いを聞いた真尋は、目を見開いた後に俺の腕の中に飛び込んできた。 鼻をすする音が聞こえ始め、俺は落ち着くまで真尋の頭と背中を慰めるように撫で続けた。





  ◇





 少しの時間が過ぎ、落ち着いたのか真尋は俺の体から顔を上げた。



「ごめんね未来、めんどくさくなっちゃって……あーあ、未来の服にファンデもリップも付いちゃった」


「まあそれは洗えば落ちるから気にしないで…コート着ればとりあえず隠れるし」


「…………ふへへ。 自分で要求したけど実質プロポーズされちゃった」


「……先のことなんてなんの保証もできないけど。 俺が真尋に愛想尽かされるかもだし」


「ないよ。 それだけは絶対に」


「…………………そっか」



 躊躇いもなく真っ直ぐと飛んできた言葉が胸に刺さる。今目の前にいる大事な人が安心出来るようになるまで、一緒に時間を積み重ねていくんだ。





「ところでですね」


「は、はい」


「いまいまできる私が元気になる事があるんですけれども」


「なんでも言っていただけたらと」


「ちゅー、して欲しいな?」


「……っ‼︎」


「朝おあずけになっちゃったし……」


「……………そうだな」


真尋を腕の中に抱いたまま、そっと唇を重ねる。

 多分、俺はもうこの子に一生逆らえないんだな。

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