隣の芝生

「アタシもユミちゃんもそれぞれ好きな相手がいて、未来はああだからすぐそれに気づいてて。 回さなくていい気まで回してくれちゃうもんだからねぇ」


「ね、なんど申し訳ないと思ったことか……」



 さも当たり前の様に自分の想いを打ち明け、何事も無かったかのように平然としながら話す2人を見て、どこか憧れのような気持ちを抱いていた。





「……………私、やっぱりみんなが羨ましい」



 2人には素直に話そう。 自分自身が振り回される気持ちを。



「未来と長い時間過ごして、一緒にいるのが当たり前で。 私はまだそうなれてないから。 未来と、みんなと一緒にいる事が当たり前になりたい」



 すぐにはどうしようもならないことなんて思い知っている。



 でも、今、どうしてもそう思ってしまう。








「…………アタシは、真尋ちゃんの方が羨ましいよ」


「私も、正直悔しいかな」


「……………えっ?」



 不意に2人から自分が言ったような事が返ってくる形になり、面食らってしまう。



「聡志も朝陽も似たような事考えてると思う……いや、間違いなく思ってる。 アタシさー、中学上がりたてくらいに荒れてて。 周りにトゲ撒いてた時期があるんだよね」



 今日見た舞伽ちゃんからは思いもしない情報が出て来た。ずっとみんな仲良く過ごしてきた、なんてのはこちらの勝手な妄想でしかなかった。



「何があったか聞いてもいい……?」


「そんな大層な話じゃ無いよ。 ママが浮気して出てった。 そんだけ。 でもその時はすごいショックで、あんなヤツの血が流れてるのに誰かを好きだなんて、とか、こんなアタシを見せられないし会う資格なんて無い、みたいなこといっぱい考えてた」



 多感な時期だったので、なんてケラケラ笑いながら話す彼女はなんて強いんだろう。



「みんなにはそれで 連絡もまともに入れてなかったの。 そしたら遠いのに未来が1人で乗り込んできてさ。 その時いっぱい酷い言葉をぶつけたのに、ちゃんとこっち見て怒って叱ってくれた」


「未来くん、私達にも行くなんて言ってなくて事後報告だったからあの時はビックリしちゃった」


「最終的に未来が何を言ったか解る?」


「………天宮くんが悲しむ、舞伽ちゃんが後悔する、かな」



 確信を持って答える。 自分の望みじゃなく誰かの事を想って優先する人だから。



「流石だね。 その時ホントに呆れちゃって。 いや自分の事はないの、とかそんなに本気で誰かの為に、なんて。 叱ってくれて響いた事もあるんだけど、それ以上にそっちが心配になっちゃって」



 ありありと思い浮かべる事ができた。 私が見ていた人。私が好きになった人。



「だからね、未来が助けを求めたらアタシは絶対に手を差し伸べたいって思ってたの。 というかみんながいる場で直接そう言ったつもりだったんだけど」



 そこまで言われると何故羨ましい、悔しいと言われたのか流石に私でも理解できる。



 彼は自分以外の為にと誰にも自分の胸の内を話すことが出来ていなかったんだから。



「今思えば、アタシ達はちゃんと踏み込むべきだった。 ……あの時酷い言葉をかけた手前、新しい母親についてなんてアタシが何か言える事があるのかなんて悩まず無理矢理にでも未来と話し合うべきだった」



 彼の横顔を思い出す。 苦しそうな、どこか見覚えがあるようなあの横顔。 自分以外の事で自分が押し潰されそうな。



「聡志が見てもそこまで追い詰められてるようには見えなかったらしいから少しは安心してたんだけど、長い付き合いで感情の誤魔化し方を覚えてたなんて」


「…………?」



 聞こえた日本語の意味を理解しきれず、疑問符を浮かべる。

 長い付き合い特有の言葉の省略みたいなものがあった?



 夕美ちゃんは気遣わしげな表情で舞伽ちゃんを見ており、舞伽ちゃんはそんなこちらの様子には気づかず、どんどんと感情のまま言葉を紡いでいく。



「それでギリギリになってたなんて解らないまま、急に招集かけられて、携帯越しに起きた出来事を聞いた時は本当にショックだった」



 そこまで喋りきると、夕美ちゃんがいつの間にか用意していたコップに入った水を舞伽ちゃんへと差し出す。



 それを受け取り一気に飲み切ると、深呼吸をして再び口を開いた。




「アタシ達は大なり小なり未来に助けられてる。 だからアタシ達は、アタシ達に出来なかった、未来に寄り添うことが出来たあなたに、感謝してるし、羨ましく思ってるし、悔しく思ってるし、嫉妬してるの」




 その言葉と共に夕美ちゃんの視線もこちらに向けられる。



 まっすぐと、あらゆる感情が混ざった言葉をぶつけられ、息ができなくなる。



「未来を見てくれて、話しかけてくれて、そばに居てくれて、好きになってくれて、本当にありがとう」



 そこまで言い切ると、舞伽ちゃんは大きく深呼吸をして、少し落ち着いた様子を見せた。



「えー、大変醜い感情を見せた、及びぶつけた事を深く謝罪いたします……最後のなんてお前未来のなんなんだよって感じだよね」


「い、いや、そんなこと………!」



 無い、と続けようとしておし黙る。ここまで明け透けに言ってくれた彼女に対してそれを否定する事は失礼だと思った。



 少し間を置き、改めて自分の気持ちを2人にすべて打ち明ける。




「私はみんなが羨ましい。 未来と私より長い時間を過ごしているから。 私はみんなに嫉妬してる。 こんな素敵な人たちが周りにいて、私なんて敵わないと思ってしまうから。 私はみんなと一緒にいたい。 今日話して素敵な人たちだっていうことが改めて解ったから。 私はみんなに感謝してる。 みんながいたから私が好きになった未来が今いるから」



 明るい思いも、醜い心も。



「………これで、おあいこ、かな?」


「…結局、誰だって誰かが羨ましいよね。 私なんて未だに聡志くんにも未来くんにも嫉妬するんだから。 2人と遊んでると私と一緒にいれないじゃん」


「え、ごめんユミちゃんも一緒に行ってもらったほうがよかった…?」


「そんなわけないでしょ。 私も2人と話したかったんだから」



 自分だけが不安なわけじゃないって、共有できた事が嬉しくて笑って。



 こうやって気持ちを伝えあえた2人と、これからも長く付き合っていけるって確信ができた。









「夕美ちゃん、普段はキャラ作ってる理由聞いていい?」


「良いよ。 あんま聞いてて気持ちよくないと思うけど。 あれはね、周りに対する攻撃。 又は威嚇とかその類なの」


「……………攻撃?」


「朝陽ってさー、バスケ部で運動出来るし客観的に見てもまあイケメンじゃん? んで今のユミちゃんと付き合い出した時に、なんか釣り合ってないだの外野がうるさかったんだって」




「そうなのよ誰コイツみたいなのが朝陽くんにすっごい擦り寄ってきてどうしようかなって考えてたら外野が文句言えないようなキャラ作っちゃえば良いんじゃないって聡志くんと未来くんが言ってきてさぁ私クソオタクなんだけどそれで釣り合いそうなキャラ性を選んで真似ればって」


「う、う、うん? なんて?」




 急に早口になって驚きを隠せない。 夕美ちゃんってこんな子だったんだ。



「それで『爽やかイケメンの緒方朝陽に似合う藍崎夕美』を作ったの。 長かった髪をバッサリ切って、すっごい怖かったけどコンタクトを入れて。 それまで気にしてなかった日々のスキンケアとか猫背の改善とかできそうな事は取り入れていって。 外見の次は普段の態度も変えた。 気安い、明るい性格で人前でも彼氏とラブラブ。 高校生になったら髪も染めて。 そうやって周りに見せつけていったの」


「……辛くないの?」


「めっっっっっっっっっちゃ大変。 恥ずかしさはだいぶ減ったけど、そもそもの自分と離れた状態を維持するのはすごい疲れる。 でもね、効果めちゃくちゃあっちゃって。割り込める隙間なんてない、って思うと本当に朝陽くんに言い寄る人が減って朝陽くんの手を煩わせる事が殆どなくなったから高校卒業まではとりあえず継続しようかなって」


「…すごい。 2人とも本当に強いんだね。 尊敬する」



 自然とそんな言葉が漏れる。 きっと天宮くんも緒方くんも、なにもないまま今みたいになったわけじゃなくて。



「私だけだとどうにもならなかったよ。 朝陽くんがいて、マイちゃんがいて、未来くんがいて、聡志くんがいたから今も立ててるだけ」



 何かと戦い、乗り越えその上で今の、さらにこれからも素敵になっていく強いみんながいるんだ。



 私もそこに行きたい。




「人ごとみたいに言ってるけど真尋ちゃんも何かしらそれ系の対策いるかもよ? 未来くんが初恋で初恋人とは聞いたけどその可愛さと真っ直ぐさで今まで告白されたことがないとは言わせないから」


「解るわー。 真尋の写真見た時いや可愛って口から出ちゃったもん。 未来が選んだから大丈夫だろうけどワンチャン騙されてないとかまで思った。 可愛過ぎて」


「や、やめて、やめてください2人とも」



 そりゃあ今まで告白とかされた事がないとは言わないけど。してきた相手は一方的に知られてるってパターンしかなかったし。 興味もなかったし。



「それに未来くんも見た目いい方だから昔からたまに告白されてたけど、最近は柔らかくなった、優しくなった、ふと見せる笑顔がいい、泣きぼくろがセクシーと女子間で人気アップ中だよ」


「最後の知らないんだけどなに!? 誰が言ってたの!?」


「ユミちゃんが勝手に付け加えただけとみたね」


「お、バレた。 さっすがー」


「ちょっとぉ!」



 そんな2人のやり取りに一気に脱力する私を見て、微笑ましい表情を浮かべているのが見える。

 踊らされた。くそぅ。



「今は積極的には広めてないんでしょ? わざわざ必要無いと思ってるからだろうけど真尋ちゃんと未来くんに恋人がいるって知らないまま誰かが好きになって、っていうのがあるといらないトラブル呼び込む可能性もあるし広めちゃってもいいんじゃないかな」


「そっかー……」



 実感込みの言葉をもらい、否応無しに考えざるを得なくなる。 付き合う前にも思ったが、余計な事で悩みたくはないのだ。



「うん、明日から、付き合ってるって広まるようにしてみる」


「…………まあ、どんな状況でも突っ込んでくるのはいるけど。 外面作ってから私告白されるようになっちゃったからね」





 ……………もしかしたら、一生余計な事からは逃げられないのかも。










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