2話

『未来と北上さんが一緒に歩いてるのを見たって話が入ってきたんだけど』


「……………お前には一生隠し事出来ない気がする」

 


 自室に戻ったタイミングで電話がかかってきて開口一番、幼馴染の1人である天宮あまみや聡志さとしにそう言われ、驚きの気持ちと共にこいつには逆らわないでおこう、と改めて思う。



『まあ未来の事だし今までそんな素振りも無かったから変な事広めないようにだけ釘さしといたけど。 で、何があったんだ?』


「理解あって助かるよ。 実は犬拾っちゃってなぁ。 たまたまそこに北上さんが来て一緒に行動してたってだけ。」

 


 大雑把にだが今日の顛末を説明する。頼み事もある以上大筋はしっかりと説明しないと。



「それが1匹ならまだいいんだけど4匹もいてさ。 親父にはお願いして1匹は飼うことになると思うんだけど残りは里親探さないとでさぁ」


『この流れは俺に飛んでくるやつか。 里親探し手伝えって言うんだろ』


「その通り。 悪いけど頼むわ。 一応後でグループの方にも投げて朝陽たちにもお願いするつもりだから」



 頼りになる幼馴染達を思い浮かべ、安心した気持ちが湧いてくる。すると聡志が



『はいよ。 しかし……………』


「? 急に黙ってどうした」


『犬拾ったのってどこ?』


「拾ったのは帰り道の河川敷だけど」


『ああ、お前が最近たまに座り込んでる河川敷か』



 なんでそんなことまで知ってんだよ。帰り道違うだろ。



『そこに? 北上さんが? たまたま?』


「同じ帰り道使ってるみたいだし犬に引きつけられて来たんじゃないの」



 帰宅路が同じであれば時間が被ることもままあることだろう。そう俺は思っていたが聡志はスッキリしないらしい。



『んー…? お前本気でそう思ってる?』


「それくらいしかないだろ状況的に?」



 そう言うと少しの間沈黙が流れる。何を考えているんだ。



『今度またみんなで集まろう。色々聞くからそのつもりでな。』




 真面目なトーンでそう言ったのが聞こえ胸の奥に痛みに近い何かを感じる。




「……忙しくない時にな。今なかなか手を離せないから」


『…まあ解った! とりあえず可能な限り里親募集広めておくから写真よろしく。最終的な対応はよろしくな』




「未来〜? ちょっと来て……助けてくれ〜〜〜」




「ん、親父の悲鳴が聞こえる」


『悲鳴って』


「いや荷物おいてくるってだけ言って部屋来たタイミングで電話来たから多分子犬4匹にもみくちゃにされてるんだと思う」


『はよ助けにいけ……って俺が電話したタイミングも良くなかったか』


「まあどちらにしろ話すつもりだったからそれはいいさ。 じゃあまた」


『朝陽達には俺からも話しとくわ。 じゃーな』



 電話を切って部屋から出た俺はリビングへ向かう。そこでキッチン側に避難していた早紀さんが顔を出した。



「未来くん、裕二さんが大変な事になってるから助けてあげて〜」


「すぐ行きますね。 悠もなんともなさそうで良かった」



 言いながら俺は早紀さんが抱きかかえる妹の頬に手を伸ばす。すべすべのほっぺを堪能していると早紀さんからはい、と粘着ローラーを手渡される。



「これしか無いから着替えた後の服とか寝る前にこれで一通り毛を取っといてね。 制服毛だらけで学校行くわけにもいかないでしょ。 裕二さんにも言っといてね」


「ああ、わざわざありがとうございます。 ペット用品は一通り買ったつもりでしたけどそこまで気が回ってませんでした」


「専用のやつ買ったほうが良いのかなこういうのって……」



 そう言う早紀さんを尻目に子犬4匹に悪戦苦闘する親父のもとへ向かう。大丈夫。おかしなやりとりは無かったはずだ。その思いが胸の奥に滲んでいった。



 


 

 ◇




 北上さんからその日のうちにメッセージが届き、家族会議の結果1匹はOK、という結果だった。

 


 そして休日の今日、北上さんが俺の家まで子犬を迎えに来ることになっている。帰り道が同じ方向だったという事もあり、それ程お互いの家が離れていないことが解ったので、ケージを持って歩いてくるそうだ。



 それを了承し、今は家で待っている。



(誰かがうちに来るのは久しぶりだな)



 ここ2年程幼馴染達も家に来ることは無かった。気を遣ってくれているであろうことは日々過ごしているとよく解っている。自分でも家を優先している態度をとっていた。それでも、やはり、



(寂しい)



 そう考えている矢先、インターホンが鳴った。対応するために部屋から出て、親父達に声をかける。



「話してた子犬引き取ってくれる人だと思うから出るよ」



 言いながら玄関へ移動し、ドアを開ける。


「こんにちは、進藤くん。ワンちゃんをお迎えに上がりました!」


「いらっしゃい、北上さん。 ……ん?」


 北上さんを見たとき、どこか違和感を抱く。ああ、なるほど、


「北上さん、今日は毛先を巻いてるんだね」

 

 彼女の普段ストレートの髪に軽くウェーブがかかっていたんだな。


「うぇっ、うん、はい、そうなの……」

 


 北上さんの事を意識するようになったのはこの前の出来事からだが、どうやら正解だったらしい。すると北上さんがおずおずと口を開く。



「…………やっぱり変だったかな?」


「そんなことないよ、可愛いし似合ってる」


「かっ………………!?」



 北上さんが赤面し絶句した後、俺は自分の言った事を認識し、血の気が引くのを感じる。



「ご、ごめん! 気持ち悪いこと言った! 不快にさせてごめんなさい!」



 頭を深々と下げ、謝罪の言葉を並べる。

 


 誰彼構わず言っていいことじゃない……!



「なんか、言い慣れてる感じがしたんですけど………もしかして進藤くんってタラシだったの?」


「いや違くて……幼馴染の1人がなかなか会えないからって会った時は何かしら気合い入れたところを見つけて褒めろってやらされてたんだよ………それでつい……………」



 言った直後、北上さんの体が固まり動かなくなった。いや、俺がそう感じているだけかもしれないが、少しの間北上さんは黙り、少しづつ俯きながら聞いてくる。





「…………その幼馴染さんは、進藤くんの、かのじょさん……………………?」




「…………違うよ」



 その言葉を聞くと彼女は顔を上げる。そして俺の顔を見て、驚きの表情を浮かべる。それもそうだろう、おそらくその時俺は、





 心底嫌そうな、それこそ苦虫を噛み潰したかのような顔をしていたに違いないんだから。




「すごい顔してるけど、どうしたの………?」


「ああいやごめん、えっと色々と省略して話すんだけど」


「まずその子、阿久根あくね舞伽まいかって言うんだけど、それが天宮の彼女で、」


「えっ!?」


「そもそも朝陽……緒方おがた朝陽あさひって解る? あいつも幼馴染なんだけど」


「ええっ!?」


「それで阿久根だけ1人だけ少し離れた場所に住んでるからってたまに会う度に俺たち男3人にさっきみたいに褒めさせてるんだよ……それでつい口から……………」


「えぇーっと……もしかして藍崎さんも?」


「ああ、解るんだ。流石学年有名カップル」



 緒方藍崎の入学数ヶ月で学年全体に広めたラブラブカップルぶりに感心しつつ、言葉を続ける。



「天宮とその阿久根も含めた5人で昔からつるんでるんだよ……それで、その阿久根を彼女は俺には無理だなって」


「無理」


「いや別に嫌いじゃ無い、というかいいヤツだしじゃないと今も付き合い続かないし、それでも恋愛対象としては全然別って話で、さっきももし付き合ったら俺じゃ長続きしないな、って想像しただけだから…………」



 一通り話し終えて、ふと冷静になる。何をこんなにまくし立てて説明しているんだ。こんな玄関先で。暑さも厳しくなってきてる中屋外で。黙った2人の静寂があたりを包んでいる。



「こんな所で長々とごめん……中にどうぞ?」

「は、はい……おじゃまします」





 親父たちは悠の世話で部屋に戻っているので、北上さんを子犬達がいるリビングへと案内する。



 柵に区切られた中では、子犬たちがクッションで落ち着いていたり、動き回っていたりと思い思いに過ごしている。


「進藤くんは名前は決めた?」


「うん。 メスでリリって名前になった」

 


 俺は寄って来た首輪を着けた子犬………リリを抱き上げる。警戒した様子は無く大人しく抱かれたままだ。


「最初に寄ってきた時から思ってるけど本当に警戒心が無いというか……人懐っこいなリリは」


「進藤くんが良い人だって最初から解ってるんだよきっと」

 


 さらっと言われて、気恥ずかしい気持ちが湧いてくる。それを誤魔化すためにも返事をかえす。



「そんな風に言われるような事は進藤さんの前でしてないと思うけど……」


「この子達を見つけて、ちゃんと責任感持って動いてるのは良い人じゃない? 見なかったことにせずに」


「その時は北上さんもいただろ……。 あの状況から見捨てるなんて出来ないよ」


「じゃあ1人で見つけてたら見捨て帰ってた?」


「それは………」


「リリちゃんが寄ってきた時にかけてた言葉は思ってない事を言ってた? そうじゃないよね」


「それは忘れてくれ…」


「忘れません。 こーんなに可愛いのにねー?」



 言いながら北上さんはリリを撫でる。からかわれていると同時に自分がやった事が認められたようで、少し嬉しい。



「それで、北上さんはどの子にするんだ?」


「えっとね、実は写真見て家族と相談済みなの」



 北上さんは、頭の上が少し毛色の薄い子犬を柵から抱き上げる。抱き上げられた子犬は、嬉しそうに尻尾を振りながらも暴れることはなかった。



「解った。 準備するからちょっと遊んどいてあげて。」



「はーい。よーし今日からキミはうちの家族だぞー」



 子犬に話しかける言葉が耳に入り、少し鼓動が早くなる。大丈夫。そういった言葉が出るであろう事は解ってるんだよ。だから落ち着ける。落ち着け。落ち着け。



 動揺を隠したまま動こうとしたその時、リビングの扉が空き、声をかけられる。



「悠が寝たから様子を見に来たけど、未来くん、どの子か決まった?」


「さ、き、さん」


「お姉さん? ですか? お邪魔してます」


「こんにちは、未来くんの母………の進藤早紀さきです。今日はこの子達のためにありがとう」




 そんな申し訳無さそう顔をしながら言わないでくれ。俺がいるから。しなくていい思いをさせている。



「いえ、私も新しく家族が増えて嬉しいので。流石に全員は無理なので後はいい縁があるといいんですが」



 人がいる間は絶対に出てこないようお願いするべきだった。でもそうしたらどんな気持ちにさせるか。体の奥から冷えて固まっていくのを感じる。俯いてしまった状態から動けない。駄目だ。早紀さんを悲しませたら。なにか言わないと。動かないと。動け、動け、うご


「あの!」



 おもむろに北上さんがあげた声に体が反射に近い反応をする。



「進藤くんと出かける約束をしていたので一旦お暇します! この子はその後にまた迎えに来るので!!」



 そう言うと俺の手を引いて玄関へと早足で向かう。


「あ、えと、すいません、ちょっと出てきます」



 辛うじてそんな言葉を漏らしながら、北上さんに手を引かれるまま家を出る。



 その時見えた早紀さんの顔は、呆然としているのか、悲しんでいるのか、その判断は今の俺にはつかなかった。

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