捨て犬と俺と見ていた少女と
壁打ち
1話
梅雨も開け本格的な暑さが迫る日、夕映えの河川敷に座り携帯をいじっていた俺の足元に、小さな茶色の毛玉が纏わりついていた。
「………………」
毛玉と例えたが、犬だ。まだ生まれたばかりに見える片手だけで持ち上げれるほどの大きさしかない子犬が、俺の足にすり寄ってきている。
一体どこから、首輪がないな、などと考え周りを見渡すも迷子犬を探しているような人も犬の散歩をしているような人も辺りには見当たらない。
いるのはせいぜい俺のような帰宅途中の学生くらいのものだ。
はぁ、と溜め息を着き俺は子犬に手を伸ばす。
すると、伸ばした手に子犬が寄ってきたのでそっと頭を撫でる。嫌がる様子もなく目を細め撫でる手を受け入れている。いや可愛いなおい。
触ってから野良犬とかだと衛生的にマズイかな、という考えが頭を過ぎったがこの現代日本では猫ならともかく野良犬はそうそういないか、と考えを落ち着ける。
「お前は一体どこから来たんだー?」
撫でながらそんな事を漏らす。今まで動物を飼ったことは無いが、伝わるはずが無いのに自然と話しかけてしまった。動物番組で芸能人が自身のペットに話しかけるのを今まで冷めた目で見ていたが、なるほど人目が無いと自然とこうなるのか、と自分に言い聞かせる。
「飼い主はどこにいるんだー? 早く飼い主の所に帰りなー?」
言いながら撫でていた手を離し、携帯を自分の体の上に置きながら子犬を体の下から両手で持ち上げる。帰れ、と口ではいいつつも今の状況からある可能性を考え続けていた。
河川敷に首輪もなにもない子犬、探しているような人影も無い、となるとおそらくは捨てられたのだろうか。
どうしたもんか、と思いつつその感触はなかなか気持ちがいいもので子犬の前足を軽く動かして遊んでしまう。
「お前を置いてどこいっちゃったんだろうなー?」
言いながら持ち上げつつ上半身を倒していく。
「こーーーんな可愛いお前をほったら………か…………………」
倒れきったとき、黒髪を夕日に透かせこちらを見下ろす少女と目があった。
少女は笑いをこらえた様子で、
「何してるの、進藤君……ふふふっ」
こらえきれていなかった。
「えっ………と、確か、北上、さん…………?」
「そう、同じクラスの
北上さんは笑いながらそう答える。
「………………………どこから?」
「お前は一体どこから来たんだー? ってとこから」
「…………………………………………殺してくれ……………………………」
全部見られていたらしい。見回したときに確かに制服の女子はいた気はするがそこまで気が回らなかった。決して子犬の可愛さに気を取られていたわけではない、筈。
顔が赤くなるのを自覚しつつ、子犬を北上さんと俺の間に持ってきて顔を隠す。
「うわっめっっっちゃ可愛い〜〜〜〜〜!! 一応聞くけど進藤くんちの子!?」
「わかってるだろう上で答えると違うよ………ここにいたらどこからか寄ってきたんだ」
「こんな所にいるって事は捨て犬かなぁ?やいやいきみはどこからきたんでちゅかー?」
子犬と目線を合わせるためしゃがみ込みながら赤ちゃん言葉で俺と同じことを聞いていた。しかし、やはり考えて行き着くところは同じらしい。
「まあ十中八九捨て犬だろうなぁ。どうすっか」
「飼わないの? こんなに可愛いのに」
「おんなじ言葉をそのまま返すわ。 このまま引き取ってくれると後腐れなくなって助かる」
「まあ、即答は出来ないよねー」
「同じく。なんにしても一旦親父に相談だなぁ」
体を起き上がらせると子犬を北上さんに差し出す。北上さんは俺から子犬を受け取ると愛おしそうに撫で始めた。俺は携帯を手に取り電話を掛ける。数コールの後、電話は繋がった。
「もしもし、………うん、ちょっと相談があって。 あのさ、早紀さんって動物にアレルギーとかある? 悠もだけど……………、うん、実はさ、」
と、話しているところで体を揺さぶられた。見ると、北上さんが何かを言いたそうにこちらをみている。
「ごめん、ちょっと待ってて…………どうした?」
「あの、あそこの橋の下、草陰に何かあるように見えない?」
「んんー…………?」
言われて目を凝らす。 言われれば確かに、といったくらいだが何かがあるように見えた。
「この距離でよく気付くな…」
「目はいい方なんだ。 確認しようよ、悪い方の予感があたってる気がする」
言いながら橋の下へと向かう。 北上さんに悪い予感と言われて俺も考えを走らせるが、正直当たっていてほしくない思いばかりが強まっていく。
橋の下へたどり着き、意を決して覗き込む。 そこには、
「嘘だろぉ……」
「子犬溜まりだぁ…………」
北上さんが抱える子犬と同じ毛色をした子犬が3匹、拾って下さいと古典的な事が書かれたダンボールに入って寄り合うように固まっていた。
◇
「ありがとう、うん、そういう事だから一旦連れて帰るつもり。 ワガママ言ってごめん。………うん、今から動物病院に向かうからそこで。 ………また改めて相談する。 じゃあ今から向かうから」
一時的に引き取る事を決めた俺は電話を切って北上さんへ声をかける。こうなってしまった以上は協力してもらわないと手が回らない。
「話がついたから、一先ずはここで。 出来れば飼ってもいいよって言ってくれる人を探しておいてくれないか?」
「いや、私も一緒に拾ったようなものだし動物病院まで一緒に行くよ。 こっちもお母さんに連絡して一通り話はしたからさ。 1人で鞄も持ってその子達も運ぶの大変でしょ?」
「いや、あまり迷惑かけるわけにも」
「私がそうしたいの! いいからもう行くよ!」
「お、おう………」
押し切られる形で動物病院へ向かう事になった。 幸い帰り道の近くにある事を覚えていたので先に電話で連絡を入れ、親父に住所を送り子犬たちが入ったダンボールを抱え歩きだす。
しばらくは無言で歩いていたが、北上さんがおずおずと口を開いた。
「なんかごめんね…?」
「……何が? 謝らなきゃいけないのはこっちだと思うけど。 巻き込んじゃったし。 俺は帰り道もこっちだからいいけど北上さんの帰りまでは考えてないからそこもだし」
まさか着いてくるとは考えていなかったものの、自分が行き来しやすい場所を目的地にしてしまい少しの罪悪感が募る。
「私も帰り道はこっちだからそこはいいよ……巻き込まれたとも思ってないし」
今まで意識したことはなかったが、どうやら帰宅路が被っていたらしい。意識していなかっただけで姿を見ることもあったかもしれない。
「………それじゃあ何が?」
「あまり見られたくないところを見ちゃったかな、って思って」
「…………」
言われて、子犬に話しかけていところを見られたのを思い出し顔が赤くなる。すっかり失念していたが、その瞬間を思い出すと北上さんのほうが見れない。
「いや、まあ、ちゃんと周りを確認しなかった俺が悪いし、いいよ」
「そう言ってくれるならありがたいけど。 でもちょっと安心しちゃった」
「な、何が」
「進藤くんって結構つっけんどんというか、天宮君以外には冷たいイメージがあったから。 だからついこの子に話しかけてるのを見ちゃってたんだけど」
そう言われて、俺は教室での自分を思い出す。高校になり、面識がない人物も増えたため生来の性格が強く出ていることを自覚する。
「単に人付き合いが下手なだけだよ……。 聡志……天宮は小学校から同じだから気を使わないだけ」
「つまり、幼馴染なんだ、そっかー。 天宮くんはパッと見がちょっと怖いけど色んな人から声かけられてるし友達多いよね」
「聡志はまたちょっと事情が違うというか………」
俺は目つきが悪いながらも、面倒見が良く他人に頼られがちな幼馴染のことを思い出し、笑みがこぼれる。
「?」
「まあ今は天宮の話はいいよ。 問題は目の前のこいつ等」
抱えた段ボールの中でおとなしくしている子犬達に目線を落とし、軽くため息が出た。まさかあんな場所でこのような事態に出くわすとは思っても見なかった。まだ結果はわからないが、怪我の功名と言っていいものか。
「言い方が乱暴じゃない? でもそうだねぇ……」
俺は、話しながらも心に決めていた事を切り出す。
「一匹だけは、うちで引き取れないかな、と思ってる」
「えっ」
「結局は俺の所にコイツが来たから北上さんが俺の所に来て、他のやつらも見つけられたんだから。 全員は無理でも、最初に俺の所に来たコイツは面倒を見てやりたいと思って」
北上さんは驚いた表情のまま俺の話を聞いている。
俺が逃げいてた事で子犬を見つけた以上、こいつらから逃げるわけにはいかない。
「…………成程?」
「自己満足だし、親父にもまだ相談してないからどうなるかはわかんないけどな」
自分勝手さに苦笑いが出るがそう言い切る。俺の話を聞いて北上は考え込んでいたが、考えがまとまったのか口を開く。
「うん、私も相談しなきゃだけど、できる限り引き取ってあげたい」
「……俺が言うのもなんだけど、あまり無理するなよ」
「ちゃんと家族と話して決めるから大丈夫、引き取れなくても里親探しもしっかりやるよ」
その言葉に、少し体が固まる。動揺を表に出さないように、俺は会話を続ける。
「…………なら、まあ、いいけど。俺も可能な限り声はかけるから」
「あまり交友関係広くなさそうだけど大丈夫かな~?」
「からかうなよ……北上さんも頼りにしてるし、俺はそうでも俺の友達は顔が広いからさ、なんとかなると思う」
笑いながらそう言うと北上はこちらをじっと見ながら、何か言いたそうに口を開いては、閉じる。そして、少しの沈黙の後に口を開いた。
「進藤くん、普段からそうならもっと印象良くなるのに。 無愛想なのは人見知りだから?」
「そうってどうだよ……人見知りもだし、あんまり人との距離感が掴めないというか、どう接したらいいか判断しかねてるというか」
無理に距離を詰められるとなるべく関わらないように離れてしまう。いまいち心を許せる人がいないのは自業自得だが生き方はそう変わらないものだ。
改めて自分のことを考えて、そこでふと今までと違うことに気づく。
「それで冷たくなっちゃうんだ」
「直球すぎるけどまあ、そうだな」
「じゃあ今私と普通に喋れてるのは?」
北上さんに問われる。自分でも不思議だった。幼馴染達とのつながり以外はろくに友人関係というものを作っていなかった自分が、今こうして何のけなしに喋れている。
今までだったらこうしてついて来ることももっと明確に拒んでいたと思う。疑問の答えは出ないが状況から考えてとりあえずの答えを出す。
「それはまあ、一番恥ずかしいところ見られてるし、あの状況で冷たい態度とるのも違うだろ」
「あれ以上はない感じなんだ...。 あ、ここを曲がった先?」
気づいたら動物病院までもうすぐの所まで来ており、胸を撫で下ろす。会話自体はいいものの自分の事が話題に出続けて、言いたくない事まで探られたくはない。
動物病院が見える道に入ると、親父が既に到着していたらしく病院の前に立っていた。こちらをみるなり駆け寄って来る。
「未来! 大丈夫か」
「俺はなんともないよ、大変なのはこいつら。 忙しいのにホントごめん」
「それこそいつも気にするなって言ってるじゃないか。 あまり謝らないでくれ。 こちらの方は?」
「たまたま居合わせた同じクラスの北上さん。」
「は、はじめまして! 北上真尋でしゅ」
噛んでいた。耳まで真っ赤だ。愛嬌あるなぁ北上さん。
「一緒に来てくれてありがとう。 ここで話してるよりかは早くこの子達を診てもらおうか」
その言葉を受けすぐ動物病院に入り、子犬達を預ける。
待っている間に、親父に忙しいのは承知で一旦うちで預かりたい、一匹は自分が引き取りたいと素直な気持ちを話す。
「未来はワガママを全然言わないから、少し安心したよ」
と言いながら快諾してくれた。ここでの金銭面でも負担をしてもらっているので申し訳ない気持ちがどうしても出てしまうが、頼るしかなかった以上考えすぎてもしょうがない、と気持ちを切り替える。
北上さんは診察の間落ち着かない様子で、こっちをみたり、携帯を触ったりとそわそわしていた。
少し弱っているが健康面では問題なし、とのことで一先ず安心。北上さんも安堵の表情を浮かべていた。
診察後、親父が病院まで車で来ていたので後部座席にダンボールに入った子犬達をのせ、北上さんに声をかける。
「北上さん、連絡先教えてくれない?」
「うっ、うん、そうだね。 里親さがしとかこれから必要、必要だもんね」
「そうだけど………? 体調悪い? なんか様子が」
「全然そんなこと無いから! まだ大丈夫だから!」
「お、おう、そっか」
顔を赤くした北上さんにまくしたてられてそれ以上聞けなくなってしまう。
北上さんは親に迎えを頼んでいたらしく、来るまで待つそうだ。
「それじゃあ何かあったら連絡お願い。 また明日学校で」
「うん、また明日。 進藤くん。」
そう言って北上さんと別れ、そこから親父とスーパーに向かい、必要そうなペットグッズを一通り買って来て貰い帰路に着いた。
待っている間、後部座席で子犬達は固まってすやすやと眠りについていた。
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