陰キャ、全国民の前で表彰される

「それでは国枝内閣総理大臣。前にお願いします」


 司会がそう言ったのと同時に、目の前で座っていた人物が立ち上がる。


 ――国枝雅史くにえだまさふみ内閣総理大臣。


 日本国民であれば誰もが知っているような人物が前に立ち、俺は思わず委縮してしまう。


「霧島筑紫殿」


 続けて司会にそう呼ばれ、俺はカチコチになりながらも椅子から立ち上がった。


 ちなみに隣の席では、俺の母――霧島優里きりしまゆうりが、涙をハンカチで拭っていた。

 もちろん悲しくて泣いてるんじゃなくて、嬉しさのあまり感動が込み上げてきているんだと思われる。


 ――世の不正をあらわし、国民を危機から救った霧島筑紫さんに、国民栄誉賞を与える――


 最初そんな報道を聞いた時はかなり驚いたが、しかしこれは夢でも冗談でもなさそうだった。

 なにしろ内閣官房から同様の電話がかかってきたし、しかもこうして、目の前に本物の総理大臣がいるのだから。


 国民栄誉賞。

 それは平たく言えば、なにかしらの分野にて大きな業績を残し、社会に明るい希望を与えた者に授けられる賞だ。


 たとえばスポーツで並外れた結果を出したり、多くの人々を感動させるような曲を作ったり。


 そういう偉人にこそ授与されるもので、俺なんか明らかに不釣り合いだと思うんだが――。


 しかし目の前にいる国枝総理は、穏やかな表情を浮かべながら、手に持った賞状を読み上げ始める。


「表彰状。霧島筑紫殿。あなたは“類稀なる努力”と“強靭な精神力”のもと、ダンジョン探索者の第一人者として多くの国民を危機から守りました。突如ダンジョンに現れたシヴァーナを放置していれば、外の世界にも無視できない被害が及んだことは想像に難くないところであります。それでも前に突き進んだ霧島殿の勇姿は、広く国民に夢と感動、社会に明るい希望や勇気を与えました。よってここに国民栄誉賞を贈り、ここに表彰します。内閣総理大臣、国枝雅史」


 そのまま両手で渡されてきた賞状を、俺はびくびくしながら受け取る。


 なにしろ報道陣からのカメラシャッター音が凄いし、来場者たちの拍手もかなり大きい。

 大勢の人々から注目されているというだけで、今までただの陰キャぼっちだった俺にはかなり刺激の強い状況だった。


 そのあとは同じく金一封を総理から授かると、司会からの指示で、総理と二人でカメラ台に立たされることになった。


 おそらくここから数分間、総理と対談する時間になるはずだ。


「霧島さん、今日はお会いできて嬉しいです。実は私も公務の合間に霧島さんの動画を見ておりまして、ひそかにファンだったりするんですよ」


 そうしてにっこりと人の良い笑みを浮かべる国枝総理。


 政治の世界は俺にはわからないが、その政治的手腕から、国民からの信頼もかなり厚いと聞いたことがある。もう十五年以上も現役の総理を続けているし、歴代の中でも在籍期間は相当長めだろう。


「はは……ありがとうございます」


 そんな総理に対し、俺もひとまず笑顔を作って返事する。


「こんなすごい賞をもらえるなんて、最初は何事かと思いましたけど。でも、自分の功績が少しでも誰かの役に立てたのなら――とても嬉しいです」


「いやあ、素晴らしいですね。私の若い頃は、霧島さんほど謙虚じゃありませんでしたよ」


 わはは、と会場内の誰かが笑い声をあげる。


 ガチガチに固まっている俺に対し、大人の余裕を滲ませている国枝総理大臣。さすがにここは人生経験の差が如実に表れているな。


 と、ここまでが形式的な挨拶。

 総理はスーツの襟を正すと、ここまでとは一転、やや重苦しい表情で口を開いた。


「……本来ならば、ダンジョン運営省の不正は私たち政治家が暴くべきことでした。そのせいで霧島さんを危ない目に遭わせてしまったこと、内閣総理大臣としても責任を感じております。大変申し訳ございませんでした」


「いえいえ、そんな。聞くところだと、官僚たちが独断で動いていたようでしたし……」


「霧島さんはお優しいですね。政府としても、現在はダンジョン運営省の調査にあたっているところです。もう二度と同じ過ちは繰り返さないよう、肝に銘じます」


 なんとなくだが、これは国民へのアピールでもあるかもしれないな。


 ダンジョン運営省の官僚たる郷山弥生が悪事を働いたことで、当然ながら、政府にも責任問題が追及されている。


 内情としては、ダンジョン運営省の官僚が独断で行った事件らしいが――。

 だからといって、もちろん《知らなかった》で済まされる問題ではないからな。


 記者たちが閣僚へ鋭い質問を浴びせている報道を、俺も連日のように目にしている。


「自分もまた、できるだけより多くの結果を出せるように頑張ります。もちろん、配信者の綾月ミルさんとも一緒に」


「……はい、応援致しております。今後ともどうぞ、よろしくお願いします」


 そう言って、総理は右手を差し出してきた。

 俺もその手を取って、その握手に応じたのだが。


「ん……?」


 どうやら総理の手には小さな紙が握られていたらしく、それを俺に渡そうとしているようだ。


「…………」


 ひとまず、俺はその紙を黙って受け取ることにする。


 もちろんこの場で中身を見るわけにはいかないので、落ち着いた場所で確認するとしよう。


 最後に俺たちの握手をマスコミたちのカメラに収め、今回の授与式は終了したのだった。


――――


10月30日、Mノベルス様にて本作が書籍化します!


タイトルは初期からかなり変更しまして、


「ダンジョン配信を切り忘れた有名配信者を助けたら、伝説の探索者としてバズりはじめた ~陰キャの俺、謎スキルだと思っていた《ルール無視》でうっかり無双~」


 となります。


 自信のある仕上がりになっていますので、ぜひお手に取っていただけると嬉しいです!


 よろしくお願いします!

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