無理やりなビジネスカップル

 しばらくの間、沈黙が広がった。


 俺の発言をどう捉えたのか、美憂はたっぷり数秒間、黙ったまま何も口にしない。しかしこの静寂が気まずいわけでもなく、どこか心地よいような――不思議な感覚を俺は覚えていた。


「ありがとう、筑紫くん……。私こそ、あなたに出会えて本当によかった」


「はは、こちらこそ」


 綾月美憂――いや、綾月ミルといえば、誰もが知る有名配信者だ。


 彼女のファンはそれこそ大勢いるし、彩月ミルと男女の仲になりたがっている男はそれこそごまんと存在するだろう。


 そんな彼女の部屋にお邪魔するだけでなく――こうして普通に話をすることができるなんてな。


 正直に言えば、夢のような毎日だった。


 そしてできれば……そんな彼女ともっと一緒にいる時間が欲しいと思うようになっていた。今までは「自分とは絶対に釣り合わない」「彼女にはもっと良い人がいるはず」と恐縮していたところだけどな。


 ここもまた、彼女と出会って変わった部分かもしれない。


 たとえ周囲に心ない言葉を浴びせられようとも、たとえ理不尽な暴力を受けようとも、俺は俺の進みたい道に進む。

 それを阻む権利は誰にもないと……今こうして、ようやくわかった気がするから。


 と。


「……決めた!  私もこれからは好きなことをしていくわ!」


 いきなり両頬をパチンと叩いた美憂に、俺は呆気に取られる。


「え? どういうこと?」


「弥生との配信があってから、被害者遺族たちからお便りが来たのよ。もう充分にお金は払ってもらった、だからもう気にしないで、自分の人生を歩んでほしい……って」


「あ……」


「ほんとは事件がある前から、ちょくちょく同じようなメッセージはあったんだけどね。だけどそれに甘えちゃいけないって思って……収益のほぼ全部を渡してたの」


 収益のほぼ全部とは、さすがにすごいな。

 美憂なら相当の金額を稼いできただろうし、そのおおよそ全額を渡していたというならば、たしかにかなりの大金になるはずだ。


 しかもなにしろ、彼女はまだ高校生。

 事件を起こした張本人ではないという点を鑑みても、彼女はたしかに、もう赦されていい頃合いなのかもしれないな。


「わかった。美憂がそう言うなら、俺も止めないよ。これから一緒に、チャンネルのパートナーとして頑張っていこう」


「うん。ありがと……!」

 嬉しそうにはにかむ美憂。

「これからなんだけど、まずはダンジョン運営省の闇を暴いていこうって思ってる。視聴者からのコメントやDMでも、そんな感じの要請が届いてるし」


「ダンジョン運営省か……いいかもな」


 単に視聴者が知りたがっていそうというのもあるが、あのときの弥生との戦いは、明らかに普通じゃなかった。


 炎属性の魔法を無効化する防具なんて、そもそも世には一つも出回っていない。


 そして現実世界にさえ干渉を及ぼしたシヴァーナは、いくらなんでも常識の範囲を超えている。あの弥生を見てみても、ダンジョン運営省全体がよからぬ企みを抱えているとしか思えないよな。


 幸いなことに、調査の手がかりとなるようなDMもいくつか届いている。

 それを元にして、ダンジョン運営省の闇を暴いていくこととしたい。


「あ……あと筑紫くん。もうひとつ伝えたいことがあって」


「ん?」


「チャンネルのパートナーももちろん大事だけど……。それだけ?」


「そ、それだけっていうのは?」


「む~鈍感……!」


 なんだか悔しそうに頬を膨らませる美憂。

 しかしそれに負けじと(?)、数秒も経たないうちに口を開いてきた。


「な、なんかね、前々からビジネスカップルが流行ってるみたいでさ。まずはそこから始めてみるのはどうかな~って」


「ビ、ビジネスカップル? それで視聴者を増やすってこと?」


 ――ビジネスカップル。

 一般ではあまり聞き慣れない言葉ではあるが、要はカップルであることを売りにしている動画チャンネルだ。


 カップルにとっての〝あるある動画〟を実演して投稿すれば、たとえば交際前のじれじれに尊さを感じることもできるし、男女が付き合う際のあれこれに共感を呼ぶこともできる。


 そういった意味合いから、ビジネスカップルのチャンネルが一定以上の人気があるのは確かだ。


「そうそう。ある程度のニーズはあるし、それに余計なお邪魔虫も潰すこともできるし……」


「そ、そっか……」


 なんだかセリフの後半部分はよく聞き取れなかったが、それで視聴者を増やせるなら確かに乗らない手はない。


 俺たちは今から、ダンジョン運営省の闇を暴いていくわけだからな。

 その際のリスナーが多いに越したことはないだろう。


「でも、いいの? 俺なんて全然経験ないから……うまくいくかわからないけど」


「大丈夫よ大丈夫。私だって全然経験ないから!」


「そ、そっか。それならまあ……いいのか?」


「いいのいいの、いいんだよ! はい、決定ね♪」


 なぜか嬉しそうに俺の両手を取り、ぶんぶん振り回す美憂。


 後で振り返ってみると、二人とも経験ないのにビジネスカップルのチャンネルをうまく運営できるはずもないんだが……そう、このときはまったく気づけなかったのである。




「――臨時ニュースです、臨時ニュースです。今日午後4時頃、茨城県つくば市にて、不審人物が通行人の男性に襲い掛かる事件が発生しました。通報によってかけつけた警察官が無事に取り押さえましたが、その不審人物は、ダンジョン内で見かける《ゴブリン》に類似しているとのことです。警察は今後、詳しい調査を進めるとしていて――」



第一章 完


――――――――――  

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