初めて聞く、美憂の本音
美憂の父親が暴走事故を起こしてから、もう十年近く経つのか。
それまでごく普通の家族だった綾月家は、その日から一気に崩落したらしい。家庭からは笑顔が消え、生活の余裕もなくなり、マスコミには連日押しかけられ続け……。
さすがに今は当時より落ち着いたということだが、あの事件の爪痕は、いまだに綾月家に残り続けている。
美憂が有名配信者となった今も、彼女の母親はその収入に頼りきることなく、二つの仕事を掛け持ちしているのだと。
娘にすべての責を押し付けるわけにはいかない――。
そういった理由から、母親自身もできるだけ、自身の収入を増やそうとしているようだ。
「……考えてみれば、私が配信者を始めたのもそういう理由だったと思う」
夜7時。
彼女の自室内にて、俺と美憂はテーブルを挟んだ向かい側に座っていた。今日も彼女の母親は仕事があるらしく、いまはこの二人だけが家にいる形となる。
「お母さんがいっぱい仕事するようになって……たまに体調崩しても、構わずに毎日のように仕事に出かけていて……。せめて私も、お母さんの力になりたいって……。ずっとそう思ってたんだ」
しかし学生である以上、お金を稼ぐ手段には限界がある。
一番無難なのはアルバイトだが、それでは多くの収入を期待することはできない。被害者遺族に償うためにも――そして母親のためにも、もっと大きなお金が必要だと判断した。
そんな折に思いついたのが、動画配信者になることだったらしい。
再生回数に応じて収益が入るという仕組みは、当時の美憂にとってかなり魅力的だったという。実際、すでに有名になっている配信者のなかには、美憂とさして年齢の変わらない少年少女もいるからな。
有名人になれるのはごく一握りだし、成功する可能性がべらぼうに低いのもわかっているが――。
それでも……毎日のように頑張っている母親を見て、なにもしないわけにはいかない。
そんな思いから、ダンジョン配信を始めたのだという。
「はは、いま思い出すと懐かしいけど……当時からダンジョン配信者っていうネタが流行ってたのよ。それに乗っかってみたら大当たりして、私も運よく《剣聖》スキルを授かれて……。そこからはがむしゃらな毎日だったな」
……たしかにそうだったかもしれない。
しかも回数を重ねるごとに編集スキルも上達しているわけだから、ディストリアを初めとするファンが誕生するのも当然といえた。
「だからね……私、筑紫くんに謝らないといけないことがいっぱいあって」
「え、いっぱい……?」
「うん」
美憂はそこで数秒ほど間を置くと、意を決したように俺を見つめて言った。
「まずは筑紫くんのいじめのこと、見て見ぬフリをしててごめん。クラスが違うと言っても、助けることくらいはできたはずなのに……」
「…………」
「だ……駄目、かな?」
「いやいや……駄目っていうか、ちょっとびっくりしてさ……」
そんなこと、今更気にしていないのに。こうしてわざわざ謝ってくるあたり、美憂らしいというか。
「見て見ぬふりっていうか、美憂はみんなを避けてたんじゃないかな。俺と違って陽キャなのに、あまり友達と関わらないで」
「…………」
「それは自分が配信者で、事故のことがバレたら一緒に炎上しちゃうから……。っていうことだと思ったけど、違う?」
「…………」
美憂はそこでたっぷり数秒ほど、目をぱちくりさせた。
「あ、あはは……。びっくりしたよ。そこまでお見通しなんて」
機先を制されたかのように、片頬を掻く美憂。
まあ、伊達にずっと陰キャをしていないからな。
特に学校ではすることもないので、自然とクラスの人間観察が得意になる。
「……そしたら、これが本当の〝ごめん〟だよ」
ややあって、美憂が再び口を開いた。
「筑紫くんの言う通り、私は教室の隅っこで過ごすようにしてた。友達と一緒に遊びたくても、過去のことで迷惑をかけるかもしれなかったから。だからずっと我慢してたのに……筑紫くんとだけは関わりを持ってしまった。そのせいで、筑紫くんも一緒に炎上しかけることになって……」
「…………」
「結果的に燃えなかったからよかったけど、これは絶対いけないことだよ。……本当に、ごめん」
「…………」
――最近、彼女もなんか焦ってるみたいで……。昨日の緊急モンスターの時みたいに、無茶な配信をやりがちなんですよ――
――だからどうか、彼女を支えてあげてほしいんです。きっとあなたがいれば、ミルちゃんも安全でしょうから――
そのときふいに、かつて誰かに投げかけられた言葉が脳裏に蘇った。
たしかこれは……初めて美憂に美容室へ連れていってもらったときの会話か。初めてのことにドギマギしている俺に対し、美容師の女性がこう頼んできたのだ。
日付的にはそう昔のことではないのに……あれからもう、長い時が経ったように感じられる。
それはきっと、ここ数日間が、俺にとっても濃密なもので。
彼女と出会ったからの毎日が、本当に有意義だったからだと思う。
「はは……美憂らしくないな。俺に自信を持ってほしいって言ってくれたのは、ほかならぬ美憂自身なのに」
「え……」
「そのことも、だいたいの理由は察してるよ。あまりこう言いたくはないんだけど、《綾月ミル》は最近、視聴回数が伸び悩んでいた。だから視聴者を取り戻すための何かが、ずっと欲しかったんじゃないのかな?」
美憂にとって、視聴回数の減少は文字通り命取り。
被害者遺族に償うこともできなくなるし、母親の負担を軽減させることもできない。
だから彼女としても、自分の殻を破ってでも――俺に声をかけざるをえなくなった。自分の身体を売ってでも、無理やり協力してもらおうとするほどに。
「だから俺は……謝らないでほしいんだ。俺だって美憂のおかげで変われた。美憂に会えてよかったって……本気でそう思ってるから」
「あ……」
その瞬間、彼女の頬がほんのり桜色に染められた。
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