ざまぁ回 郷山弥生

 弥生が出現させた謎の怪物――

 それはたしかに最悪の魔物だった。


 弥生いわく、すべての魔法を無効化するバリアーが展開されているらしい。


 だから俺の魔法ではダメージがまるで通らないし、では物理攻撃で対処しようにも、美憂の攻撃力も事前に計算済だそうだ。

 彼女の攻撃力ではダメージが通らないよう調整しているようなので、美憂の攻撃さえまったくの無意味。


 あのバリアーを破壊できる圧倒的な攻撃力があれば別だが、そんなものは俺も美憂もすぐには用意できないのだった。



――――



 一方その頃。

 郷山健斗は、変わらず自室のベッドで毛布にくるまっていた。


 スマホにはいまも、郷山を誹謗中傷するDMが断続的に届いてくる。SNSのトレンドを見ても、たまに郷山のことがトレンドに上がるほどだ。


 でも……それも致し方ないと郷山は思い始めていた。


 当時は弥生から言われるがままに、霧島筑紫をいじめるのが当然だと思っていた。周囲もそんな郷山を持て囃してくれるし、正しいのは自分のほうだと思った。


 けれど。


 いまも届いてくるDMや、SNSなどの意見を見て。

 郷山は少しずつ、自分たちの愚かさを理解できるようになっていた。


 自分だって、現在こんなにも辛いのだ。

 それ以上の苦しみを霧島筑紫に与えていたわけだから――しかも郷山のそれと違って、霧島にはなんの非もないのに――炎上して当然であると。


 こんなに世間からバッシングされてようやく気付くなんて、我ながら馬鹿馬鹿しいと思うけれど。


 それでも今回の一件が、郷山の内面を少しずつ変え始めているのは事実だった。


 そんな折、郷山は一つの動画を見た。


 憧れの《綾月ミル》の生配信。もう彼女に嫌われたことは違いないだろうが、だとしても、ファン魂というのは簡単に消えるものではなかった。


「な……んだ、これは……!」


 その生配信にて、郷山は信じられないものを見た。


 郷山弥生――なんと自分の母が、その生配信に乱入してきたのだ。


 そして彼女の本名を明かすばかりか、その過去を全国の晒しものにし。挙句の果てには、霧島筑紫の動画出演を取りやめるように言っているではないか。


「マッマ、本当に……」


 校長との面談のとき、たしかに母は霧島筑紫を陥れようと言っていた。そしてそのために、必要とあらば綾月ミルのことも蹴落とすのだと。


……でも。

 こんなことは間違っていると、郷山は思った。


 仮にこれで郷山の炎上がおさまったとしても――おさまるようには思えないが――それが正しいこととは思えない。明らかに母はやりすぎている。


 それは間違いなく、郷山が母に対して疑念を抱いた、初めての瞬間だった。


 しかもそれだけでなく、現在も音声だけの生配信が動画投稿サイトに公開され続けている。そこで母親は霧島たちと戦い――そして彼らをピンチに陥れている。


「なんで……こんなことを……」


 母は強い。

 Sランクの探索者としてもそうだし、目的達成のためなら手段を厭わない人だ。


 だからいままでも、郷山は母に歯向かうのだけは絶対に怖かった。



 ――すまないが、あんたの提案は却下だ。炎上しようがしまいが、俺は自信を持って……自分の信じる道を歩む。俺は彼女とともに生きる日々を選ぶ‼――



 しかしそんなとき、霧島の言葉が脳裏に蘇ってくるのだった。


 あいつだって炎上するのは怖いはず。それでもミルとともに戦う選択をし、いまでも命がけの戦闘を繰り広げているのだ。


 自分は……このままでいいのだろうか。

 そう思ったとき、郷山は炎上後初めて――自分の家を出る決意ができたのであった。


 ミルの配信を見ていたので、舞台が《月が丘ダンジョン》だということはわかっている。自宅からなら充分、間に合わせることができるはずだ――!



  ★



 一方その頃。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 シヴァーナと戦っている際、俺は聞き覚えのある叫び声を聞いた。


 月島高校にて、毎日嫌というほど聞いてきた声。

 耳にするだけで恐怖感が湧き起こってくる声。


 その声の主を判別した瞬間、また新たな敵が割り込んできたと思ったが――違った。


「だあああああああああっ!」


 背後から現れた声の主――郷山健斗は、なんとシヴァーナに向けて豪快に大剣を振り降ろすではないか。


「ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 そしてそういえば、あいつの所有スキルは《攻撃力アップ(特大)》。

 物理的な火力でいえばトップクラスであり――このときはじめて、シヴァーナが明確な悲鳴をあげるのだった。


「は……? え、どうして……?」


 思わず困惑する俺だったが、それ以上に驚いていたのが弥生だった。


「あ、あんた! なにやってんのよ! 攻撃する相手が間違ってるでしょ!」

「あんたは私の言うことだけ聞いてればいいの! さあ、早く霧島筑紫を攻撃なさい! シヴァーナと力を合わせれば、その二人に勝てるはずよ!」

「あんたなんて一人じゃ何もできないんだから、私の言うことを聞きなさい‼」



「――うるせぇ‼」



 しかし郷山は、そんな母の言葉を一喝する。


「俺はもう、あんたには従わねえ……。俺はあんたの操り人形じゃねえんだよ!」


「な……⁉」


 大きく目を見開く弥生。


おふくろ・・・・のほうこそ、こんなバカなことはやめやがれ! これ以上二人を傷つけようとするなら……俺が全力で歯向かってやる!」


「なに……? け、健斗……⁉」


 息子に歯向かわれたことがよほど衝撃的だったのだろう。

 このとき初めて、弥生が明確な動揺をあらわにしていた。



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