協力してくれるネット民たち

「ここが、女の子の部屋……」


 葉王チャーミリオンを倒した日の夜。

 俺はなんと、よわい十八にして美憂の部屋にあがりこんでいた。


 人生初の経験すぎて、心臓がバクバク鳴りっぱなしだけれど。しかしもちろん、ただ単に遊びにきたわけじゃない。


 これから話す内容の性質上、あまり外部に漏らすわけにはいかない――。

 そういった理由から、美憂の家にお邪魔させてもらってるわけだ。


ちなみに彼女の母親は現在夜勤に出ているらしく、家には美憂以外、誰もいない。その意味では気兼ねなく会話することのできる状態だった。


「はい……これ、コーラ」


「あ、ありがと」


 飲み物を持ってきてくれた美憂に対し、俺はぺこりと頭を下げる。


 最近になって普通に話せるようになった間柄ではあるが、こうして改めて彼女の家にくると――緊張しすぎてやばい。


「それで、えっと……郷山弥生の件だったね」

 彼女も意外と緊張しているのか、ややぎこちない口調で切り出した。

「筑紫くんも見た? リストリアって人からのDM」


「うん。……見た」


 ――ハンドルネーム、リストリア。

 やたら探索者事情に詳しいと思ったら、なんと彼(?)自身も探索者らしい。


 しかもかつて、俺の父――霧島雄一きりしまゆういちを師事していたっぽいんだよな。現在B級の探索者として活躍できているのも、俺の父に剣を教わったためだったという。


 ……そのDMで、俺は実に信じがたい事実を知った。


 父は魔物に囲まれて死んだとされているが、そこにあまりに不審な点が多いこと。当時の週刊誌が郷山弥生を容疑者として取り上げていたが、それは即座に揉み消されたこと。

 そしてその弥生の息子が――さんざん俺をいたぶってきた郷山健斗であること。


 最初は彼も、このことを俺に告げるか迷ったらしい。父の死に関する残酷な事実を、息子に教える必要があるのかと。


 しかし弥生の魔の手がすぐそこにまで迫っている以上、さすがに黙っているわけにもいかず。こうして俺に伝えてくれたらしい。


 ちなみに、これらの情報が正しいことは調査済だ。ネットを検索してみたところ、既女民がすでに当時の週刊誌の切り抜き写真をアップしていてくれたから。

 既女民の執念と調査力は、本当にすさまじいものがあるな。


「ほんとに……ひどいね。こんなことするなんて、信じられないよ」

 コーラをちびちび飲みながら、美憂がぼそりと呟く。

「筑紫くんも大丈夫? 自分のお父さんがこんなことになってたなんて……辛いよね……」


 そして床についていた俺の右手に、そっと自身の手を重ねる。


 その温かい感触にちょっとした安心感を覚えながら、俺は思いのままに口を開いた。


「そうだね……。ショックじゃないと言ったら嘘になると思う。けど、美憂は前に言ってくれたね。もっと自信を持って、郷山からの誘いなんて断ってほしい……って」


 自信を持つ。

 口に出すのは簡単だが、これを実行することのなんと難しいことか。


 いままでの俺だったら郷山健斗にも郷山弥生にもビビりまくっていたと思うが――。


「でも、いまは不思議と怖くないんだ。昔、父になにがあったのか、そして弥生はなにをしようとしてるのか……いまなら向き合える気がする」


「筑紫くん……」


「だから、逃げないよ。これからなにがあっても、弥生には屈しない」


「ふふ……そっか。強くなったね」

 そこで微笑ましそうに俺を見つめる美憂。

「筑紫くん、私ならね、その……いいんだよ?」


「へ……?」


「言ったじゃん。動画の運営に協力してもらう代わりに、筑紫くんが喜ぶこといっぱいしたいって。いまはその約束を抜きにしても、もう……いいんだよ?」


「み、美憂……」


 これはあれだろうか。

 そういう《誘い》だろうか。


 さすがにここまで一気に大人の階段を昇るのは……。


 ――ちゅっ、と。


 ふいに頬に柔らかい感触が伝ってきて、俺は思わず目を見開いた。それが美憂の唇だと気づくまでに、数秒ほどかかった。


「み、美憂……」


「ふふ、ごめん。いきなりこう言われても困るよね。ゆっくり……お互いのことを知っていこうよ」


「うん……そうだね」


 お互いのことを知ると言えば、美憂にも少し不思議な点があるんだよな。


 彼女が友人とともに過ごしている姿を、学校ではあまり見たことがないのだ。最近は学校が終わったらすぐに俺と合流しているしな。


 こんなにも可愛らしくて、圧倒的陽キャな彼女に友人がいないわけはないと思うんだが……。


「それとね。実は筑紫くん。私……」


 急にどうしたのだろう。

 美憂がもじもじしながら下を見つめ始めた。

 彼女にしては珍しく、これを言うべきかどうかを考えあぐねているっぽいな。


「ううん、ごめん……。なんでもないわ」

 そして俺の唇に人差し指にあてがうと、ぼそりと呟くような声を発した。

「とにかく、他の女の子のところ行っちゃだめだぞ。私、もう筑紫くんのことが……だから」



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