ざまぁ回 弥生の誤算

「な、なんで……⁉」


 その日の夜。

 郷山弥生は、自室のパソコンでとんでもない記事を見かけていた。



 ――葉王チャーミリオンのフェロモン 霧島筑紫には効かず

 ――若くして紳士的な英雄 霧島筑紫 爆誕

 ――女性からの人気急上昇 霧島筑紫



 このような思いも寄らない記事が、ネット上のあちこちに転がっているのだ。


「おかしい……おかしいわよ……」


 今日の夕方、弥生は月が丘ダンジョンに転がり込む男女を見かけた。


 ……いや、正確に言えば、その男のほうをずっと尾行していた。


 霧島筑紫。

 彼を陥れる方法を色々考えたが、まあ、男を墜とすにはハニートラップであると昔から相場が決まっている。だから今回も、女を使ってあいつの評判を落とそうと考えていた。


 そうと決まれば話は簡単だ。


 弥生の所持スキルは《魔物召喚》。

 そして召喚できる魔物のなかには、葉王チャーミリオンという、死亡時に大量のフェロモンを流す化け物がいる。


 だからダンジョン内をうろついている適当な若い女を見つけ、服をはだけさせ――そして霧島筑紫の理性を失わせる。


 その現場では綾月ミルが配信してたから、あとはその様子を全国ネットに流してもらえばいい。


 詳しい人間は《葉王のフェロモンのせい》だと気づくだろうが、人間は大勢の意見に流される生き物だ。そのような正しい意見は封殺され、霧島筑紫の評判は地に落ち始める――はずだった。


 ところが蓋を開けてみたらどうだ。

 霧島筑紫の評判は落ちるどころか、なぜか高まってしまっている。


 なんと葉王チャーミリオンのフェロモンを喰らってもなお、のほほんとしていたというのだ。


 それについて綾月ミルが動画内で聞いていたそうだが、その答えがまた腹立たしい。



 ――え? いやあ、俺なんてどうしようもない陰キャだから……。理性どうこうの前に、女の子にいきなり襲いかかろうなんて、考えもしないよ――



 そう。

 霧島筑紫は学校内で苛烈ないじめに遭っていたために、女性に対する抵抗感が他人に比べて非常に強く。少しフェロモンを嗅いだくらいでは、その理性は剥がれなかったということだ。


「もう、なんでよ……‼」


 その動画を見ていたとき、弥生は思わず机を叩いてしまった。


 まさか息子にいじめを指示していたことが、こんなことで跳ね返ってくることになろうとは……!

 そしてそれが結果的に、あいつ自身の評判を上げることに繋がってしまうとは……!


 現に今、女性からの評判がうなぎ登りになっているらしい。大変な日々をよく生き抜いてきた、近年稀に見る頑張り屋だと……。


 そのことがただただ、腹が立って仕方なかったし、許しがたかった。


 また、憂慮すべきはそれだけではない。



 ――こいつ、郷山弥生って奴の指示らしいよ。

 ――あれ、郷山って、前に泣き叫んでた郷山と同じ苗字じゃね?



 驚くべきことに、弥生の素性までもが少しずつネット民に広がっているのだ。


 霧島雄一を殺したのはもうだいぶ前のことだが、まさかそれが掘り起こされてしまうことになろうとは……。


 当初はゆっくり少しずつ霧島筑紫を陥れようと思っていたが、どうやらそうも言えなくなっている。


 早めにあいつを処理して、心身ともに平和な日々を送らねばならない。私のように美しくて頭の良い人間が陥れられるなど、人類全体の損失なのだから。


「そうだ、そういえば……。あの綾月ミルって人……」


 霧島筑紫が月が丘ダンジョンに入っていった際、たしか同学校の少女を伴っていたはずだ。


 それが追いかけていったときには《綾月ミル》となっており、当時は違和感を覚えたものだが……。


「まさか……! そういうことか……‼」


 気づいたとき、弥生は勢いよく立ち上がっていた。


 ――綾月ミルは月島高校にいる。

 ――霧島筑紫と歩いていたあの少女こそが、綾月ミルだ。


 どこかのネット記事で読んだことがあるが、綾月ミルは視聴回数を求めるためなのか、無茶な配信をしがちらしい。それについてネットではいくつかの憶測が飛び交っているが……これは重要な《ネタ》になるかもしれない。


 そうとなれば、善は急げだ。

 霧島筑紫を陥れるため、まずは綾月ミルに社会的に死んでもらおう。

 そう思い立つ弥生だった。


――――――――――


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