時間停止

「はぁっ……はぁっ……!」


 自身の呼吸が乱れるのも厭わず、俺たちは一目散に疾駆していた。


 魔物の咆哮と同時に響き渡ってきた、女性の悲鳴。


 緊急モンスターの件を踏まえると釈然としないことも多いが、とにもかくにも悩んでいる場合ではない。今こうしている間にも、その女の子が危険な目に遭っているかもしれないのだから……‼


 そうして走り続けること数分。

 開けた場所に出た俺たちは、そこにいる異形な魔物を見て、思わずその場に立ち尽くした。


「ギュアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 一言でいえば、植物型の魔物と表現できるだろうか。


 顔面には小さな目があるばかりで、顔の大部分は大きな口腔に占められている。


 野太い茎からは数えきれないほど多くのツルが生え、それら一本一本がぬめぬめとおぞましい粘着性を持っていることが見て取れる。


「葉王チャーミリオン……? どうしてこんなところに?」


 美憂が困惑の声を発するが、それも無理からぬことだ。


 ここ月が丘ダンジョン内では、植物型モンスターが登場したという報告は一切ない。ダンジョンそのものが無機質な鉱物で構成されているので、どう見たって植物は場違いなんだよな。


「い、いや……! やめて!」


 しかしいまは、それについて考えている場合ではなさそうだ。


 葉王のツルの一本が、少女の身体を軽々と持ち上げ――そして今にも、その大きな口腔で丸呑みしようとしている。

 今すぐに助けなければ、彼女の命はないだろう。


「くっ……!」


 しかし、ここで《炎魔法使用制限 無視》を使用するのは危険すぎる。


 郷山との戦いを経て、これの馬鹿高い威力は立証済だからな。誤って少女に魔法が直撃したら、それこそ洒落にならない。


 となれば……まだ扱ったことのない能力だが、もう四の五の言っていられないだろう。


 新能力の《三秒間の時の流れ 無視》――

 これを使うしかない……!


「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 絶叫をあげながら、俺は葉王に向けて疾駆する。


 そうしながら《三秒間の時の流れ 無視》を使用したとき……たしかに、世界が変わった。


 美憂も。少女も。そして葉王すらも。

 文字通り時が止まったかのごとく、ぴたりとその動きを止めた。


 おかげで現在、少女はまだ葉王に呑み込まれてはいない。口の数センチ手前といったところか。


 ――一秒経過。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼」


 ここで一気に葉王を倒せたらいいんだが、俺に物理攻撃力はない。


 そのままダッシュを敢行し、ここはひとまず少女だけを抱え込む。


 ――二秒経過。


 少女を抱きかかえたまま猛ダッシュを続け、葉王からできるだけ距離を取る。


 ――三秒経過。


「ガパッ⁉」


 時の流れを取り戻したらしい葉王が自信満々に口を閉じたが、もちろんそこに少女はいない。思いっきりかみ合わせてしまったのか、痛そうに悲鳴をあげる。


「え、あれ……? あ、あなたは……?」


 俺の腕のなかで、少女が目をぱちくりさせる。


 葉王に弄ばれていたからか、なんとも目のやり場に困る服装をしてしまっているな。さぞ怖い目に遭ってきただろう。


「安心してくれ。あいつは――俺が倒す」


「え? で、でもあいつ、とても強くて……」


「――上級魔法、プロミネンスボルト‼」


 次の瞬間、俺の放った炎の可視放射が、葉王を丸ごと焼き尽くした。


「……え?」


 その様子を、少女が目を丸くして見つめていた。


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