緊急モンスター&コメント回

「さて……準備はいいかな」


 月が丘ダンジョン。その深部にて。


《綾月ミル》の服装に着替えた美憂が、これみよがしに薬草を片手に掲げている。


「今日の動画では、みんな大好き筑紫くんに、とってもやばい能力を披露してもらいます☆ 筑紫くん、能力名はなんだっけ?」


「え……と、その」


 ガチガチに緊張しつつも、俺はスタンドに立てかけられたスマホに向けて声を発する。


「ま、まあそれは見てのお楽しみってやつで。俺も実際にやってみるのは初めてですんで、ぜひ見てってください」


 ――そう。

 美憂はさすが有名配信者だからか、視聴回数に繋がりそうなものはなんでも配信したがる。


 今回の新能力も、ただ試してみるんじゃなくて、配信してみたら面白いんじゃないかっていう彼女からの提案だ。


 まあ、俺としてもそれで金が稼げるなら願ったり叶ったりだからな。


 デメリットはどこにもないし、俺にとっても悪い提案ではないんだが――。


「ん? 筑紫くん、どうしたの?」


「いや……。なんだか不気味な気配を感じるっていうか」


「不気味な、気配……?」


「うん。うまくは言えないんだけど……」


 なんというべきだろう、さっきからずっと誰かに《監視》されているような感覚を覚えるのだ。といってその気配が襲いかかってくるわけでもなく、ただただ気持ち悪いだけなんだが……。


「や、やだなぁ~筑紫くん。私がお化け苦手なの、わかって言ってるでしょ?」


「はは、ごめん。きっとただの考えすぎ――」



「――ゴォォォォォォォォォォオオオ‼」



 聞くもおぞましい咆哮が響きわたってきたのはその瞬間だ。


 まるでダンジョン全体を揺らしてしまうかのような、迫力に満ちた大声……。


 ここ月が丘ダンジョンにはそれほど強い魔物は出現しないはずなのに、突如として大型の魔物が出現したということは。


「緊急、モンスター……?」


 美憂が怪訝そうに眉をひそめる。


 まあ無理もない。

 緊急モンスターといえば、ここ最近、近くのダンジョンで紅龍ギルガリアスが出現したばかり。

 同じ地域で立て続けに緊急モンスターが出現する確率は極めて低いと言われているため、まさかここで、再びこのようなことになるとは俺も思ってもみなかった。


「あ……」


 リスナーからも同様のことが指摘されているのか、美憂がこちらにスマホを見せてきた。



――――


リストリア:なんだかきな臭い感じがするね……。筑紫くんがいるから大丈夫だとは思うけど、気をつけるんだよ


ディストリア:《50000円 チケット》 OK、ミルちゃん。きみが行くというのなら、僕は止めはしない。その代わり霧島少年、君が彼女を守るんだ。これは男と男の友情だよ。いいかい、わかったかな?


みゅう:あ、筑紫くんドアップドアップ‼


美里:やば、かっこよすぎる!


ゆきりあ:まあ霧島少年が新しい能力を授かったっていうし、問題はないと思うけどね。前だってとんでもない炎魔法ぶっぱしてたし


リストリア:ただ一つだけ気をつけてくれ、霧島くん。ほんとは会って話したいんだけど……君のお父さんのことについては不可解な点が多すぎる。ただひとつ言えることは、郷山弥生っていう人物には気をつけてほしいということだ


美里:ん? 誰それ


リストリア:僕も詳しいことはわからない。だけどたしか、過去に霧島っていう名前の人とトラブルを起こしてた気がするよ


ショコラ:あれ、郷山弥生ってなんか聞いたことあるかも。たしか既女板で叩かれまくってたような…


みゅう:そういえば郷山って、前に倒した郷山健斗と同じ苗字だね


バルフ:うわ、なんだか不気味だな


ショコラ:ちょっと当時の既女板漁ってくるよ。頑張ってね筑紫くん!


ゆきりあ:既女民が味方になるって頼もしすぎんだろ


――――



「郷山……弥生……」


 コメント欄に書き込まれていたその名前を、俺はぼそりと繰り返す。


 たしか今朝、校長も同じようなことを言ってたよな。みんながコメント欄で教えてくれるからには、きっとただ事じゃないんだろうけど……。


「どうする、筑紫くん。ここはいったん様子を見るのも、ありだとは思うけど……」


「そうだね……。少し考えてから――」




「「いやぁぁああああああああああああああ‼」」




 ふいにダンジョンの奥から悲鳴が聞こえてきたのは、そのときだった。




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