学校からの謝罪
~郷山たちが退室したあと~
「ご、ごくり……」
校長室の重苦しそうな扉を前に、俺は大きく唾を飲み込んだ。
生まれてこの方、俺が校長室に呼ばれたことなんてない。いったいこれから、どんな話が待ち受けているのだろうか……。
そんな緊張をどうにか抑えつけながら、俺は扉をノックする。
「失礼します」
そして恐る恐る扉を開けた先には、いつも全校集会などでお馴染みの校長先生が待っていた。
ほとんど白髪で埋め尽くされた頭髪に、銀縁の眼鏡。どちらかというとインテリ風の雰囲気を漂わせた老人が、なんと立ちっぱなしで俺を待ち受けていた。
「霧島くんですね。ささ、こちらへどうぞ」
まるで飲食店の店員であるかのように、ものすごく恐縮した様子でソファを案内してくる校長。戸惑いつつ俺がそこに座ると、校長もテーブルを挟んだ向かい側に腰を降ろした。
「急に呼び出してごめんなさいね。校長室などに呼び出されて、きっと困惑されているでしょう」
「いえ……とんでもないです」
テーブルの上には一切れのショートケーキと紅茶が置いてあった。
校長は「遠慮なくどうぞ」と言ってくれたが、緊張のせいで食べられたものではない。本当にいったいなんの用だろうか……?
そんなふうに困惑していると、なんと急に校長が立ち上がり、深く頭を下げてきた。
「霧島くん……この度は本当に、申し訳ございませんでした!」
「え……?」
「いまさら私に謝罪されたとしても、まったく響かないのはわかっています。いじめを見過ごしていたのは、他ならぬ私なのですから」
「…………」
「それでも、謝罪をさせてください。本当に申し訳ございませんでした!」
腰を深く曲げ、まるで額が太ももに密着するかのごとく頭を下げる校長。
「あ、頭を上げてください。そんなふうに言われるとさすがに恐縮してしまうというか……」
「いえ、こうでもしないと気が済みませんから。本当に――申し訳ございませんでした」
「いいんですよ。俺なんて、
「き、霧島くん……」
なんだろう。
一瞬だけ校長が悲しそうな表情を浮かべたのは気のせいだろうか。
「それから――郷山の処分についても正式に決まりました。本来はあまり大勢に話すべきではありませんが、霧島くんは当事者ですからね。それの報告も兼ねて、ここまでお呼びした次第です」
……なるほど。
たしかにその話をするのであれば、あまり人目のつく場所ではよくないな。
「まず結論から申し上げますと、郷山は一年の停学処分となりました。他の取り巻きたちについても、同様の厳しい処遇を与えます。霧島くんはもう……理不尽な目に遭わずに済むのです」
「…………」
「もちろん、復学後にまた下らないことをしでかさないとも限りません。その場合は即刻、より厳しい処置を取っていこうと思います。霧島くんが彼らに脅かされる日々は……もう二度と訪れないと言っていいでしょう」
「……あれ」
なんだろう。
喜ばしいことのはずなのに。
それでもなぜか、俺の胸のうちは空虚なままだった。
「……どうしたのですか? 霧島くん」
「いえ……意外とあっさりしてるもんだなって。たぶんもう、いじめが心の奥底で根付いているのかもしれません。自分はいじめられて当たり前だから、それが今日からなくなると言われても、いまいち実感が湧かないというか……」
「霧島くん……。いえ、これこそが私の受けるべき罰か……」
そこで再び悲しそうな表情を浮かべる校長。
「私が偉そうに言えた口ではありませんが、今までずっと耐え続けてきた霧島くんは、本当に強くて立派なお方だと思います。いまはインターネット上でかなり褒め称えられているようですが、それでも足りないくらいにね」
「…………」
「ですからどうか、自信を持ってください。あなたは決していじめられて当然の人ではない。むしろ将来有望な、我が国にとって宝物と言うべき存在であると」
「そ、そんな……。さすがにそれは言い過ぎですよ」
でも、そういえば美憂も似たようなことを言ってきてたよな。
――筑紫くんは郷山よりずっと立派な人、だからもっと自信を持ってほしい……。
でも俺がそれを否定する度に、悲しそうに眉を八の字にしてしまうんだ。
自信を持ってほしい……。
一口にそう言われても、それを実行することのなんと難しいことか。
「それから……もう一つ。これはオフレコでお願いしたいんですが……」
校長は眼鏡の中央部分を抑えると、今までより真剣みを帯びた表情で言った。
「郷山の母親――郷山弥生にはお気をつけください。霧島くんに対し、なにかやってこないとも限りません。もちろん学校にいる間は私たちで目を光らせますが、それ以外の時間となると、さすがに対応できませんから……」
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