真性のクズ


 ――郷山弥生。


 いまから十二年ほど前、一部週刊誌の報道によれば、彼女はある男に想いを寄せていた。


 その男の名は、霧島雄一きりしまゆういち

 誰もが認める男前な風貌に、そして利他の精神を忘れない好青年。それでいて当時S級の探索者と言われていたほどの実力者。


 弥生が惚れ込むのも必然と言えるほど、魅力に溢れた男だった。


 ひとつ問題があったとすれば……両者に別々の婚約者がいたことか。


 弥生も婚約相手がいるにはいたが、しかし男性的な魅力度で言えば雄一のほうが圧倒的に上。そして奇しくも、二人は小・中学校と同級生でもあった。


 だから雄一と久々の再会を果たしたとき、弥生は彼に猛烈なアプローチをかけた。


 自分と一緒に幸せな家庭を築いてほしい、私たちこそ結ばれるべき運命の二人なのだと――。


 しかし当然、雄一はそれを歯牙にもかけなかった。


 妻を愛しているのももちろんあるが、当時、彼には筑紫という名の大事な子どもがいた。可愛い我が子をしっかり育てるためにも、こんなしょうもない情事には付き合っていられないと。


 弥生はそれに腹を立てた。

 言葉巧みに雄一夫婦をダンジョン探索に誘い込み、そして自身のスキル《魔物召喚》によって、みずからのパーティーを全滅の危機に追い込み――。


 そして雄一は魔物に殺され、そして妻は探索者という道そのものを絶った。

 文字通り、霧島一家を崩壊させたのだ。


「……と、ここまでが週刊誌に載っている報道でしたね」


 校長は窓際まで歩み寄り、外の光景を眺めながら呟く。


「いくら週刊誌といえども、なかなか説得力のある記事だったと記憶していますがね。さっきの話を聞く限りだと……印象操作、つまり報道をもみ消したということですか」


「……うふふ、なんの話かわかりませんね」


「そして今は、息子が筑紫くんをいじめ続けている。筑紫くんは自分に自信を失い、常日頃から他の生徒からも嘲笑されている。……これも偶然・・ですか?」


「だから言ってるでしょう。なんの話か、まったく思い当たる節がありません」


 そこで弥生は金縁眼鏡の中央部分を抑えると、片頬を吊り上げて言った。


「……いずれにせよ、私は筑紫が英雄視されている現状を看過できない。陰湿な男は陰湿な男らしく、社会の隅っこで生き、そして死ぬべきです」


「あなたは……!」

 校長が鋭い目で弥生を睨みつける。

「……お帰りください。あなたと話すことはもう、何もない」


「あらら。いいんですか? このままでは月島高校は炎上したまま。校長先生も降格は間違いないでしょうし、ここでどうにかしないと、一生デジタルタトゥーがついたままですよ?」


「構いません。言ったでしょう。本件については、いじめを見過ごしていた我々にも原因があります。批判されても仕方ないことをした以上、それを重く受け止めるべきです」


「…………」


 重苦しい沈黙が数秒間漂ったあと、

「……そうですか。よくわかりました」

 と弥生が身を引いた。


「それならば、私のほうで好きにやらせていただきましょう。この炎上はしばらく続くと思いますが……せいぜい、精神をお壊しにならぬよう」


「あなたこそ、再び雄一殿の件が明るみになったら失脚どころではないでしょう。……今の私に、世間的な信頼度がないのが悔やまれるところですよ」


「ふふ、ご心配なく。筑紫には有名な配信者がついているようですが、どちらが上か、白黒つけてみせますわ」


 弥生はそこで醜悪な笑みを浮かべると、時間を無駄にしたとばかりにそそくさと立ち上がる。


 そんな母親を、郷山健斗が呆気に取られて見つめていた。


「マッマ、さ、さすがにやりすぎじゃ……?」


「うるさいわね。あんた、いつから私に意見言えるようになったわけ?」


「だ、だってそれ、ミルちゃんにも手を出すってことじゃ……」


「だからなに? 問題あるわけ?」


「……ご、ごめんなさい」


 そう言って退室していく親子を、校長はため息とともに見送るのだった。



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