陰キャが人気者? ありえない

「こ、これはすごいことになってるな……」


 数十分後。

 月島高校の校門付近に辿り着いた俺は、思わず感嘆の息を発してしまった。


 テレビ局の腕章をつけた大人や、大きなビデオカメラを肩に担いだ大人たち。簡単には数えきれないほどの記者たちが、校門の前で沢山待ち受けていたからだ。


「すごいことになってるって……まるで他人事みたいね」

 隣を歩く塩崎が、ややため息まじりに答える。

「これ全部、霧島くんが理由だよ。みんなあなたを探しにきてるの」


「え……? な、なんで?」


「なんでって……ニュース見てないの? 霧島くん、いますごい人気者なんだよ」


 いやいや人気者って……。

 ニュース記事に取り上げられていたことは知ってるが、俺なんてただの高校生だぞ。


 つい最近までは学校一の陰キャだと呼ばれていた俺が、人気者になるなんて絶対にありえない。


「でも、これは困ったね詩音さん・・・・……。これじゃ学校に入れない」


「そうね。これはもう……〝秘密の裏口〟から入ろっか」


 ちなみに下の名前で彼女を呼んでいるのは、詩音自身からそう要望があったためだ。


 なんだか直近で似たような展開があった気がしなくもないものの――断ろうとすると、本当に悲しそうな顔をするんだよな。


 だから観念して詩音と呼ぶことにしたのだが、これがまたすごい嬉しそうなのだ。


 なにが喜ばしいのか、俺には全然わからないけどな。


 悲しませるよりは百倍マシなので、もう下の名前で呼ぶようにしている。


「あ……大丈夫そうね。ここならやっぱり、記者さんたちいない」


 俺たちが辿り着いたのは、校内で〝秘密の裏口〟と呼ばれている出入口。


 木々の隙間を縫って入ることになるため、ここを通ると葉っぱが制服についてしまうんだけどな。遅刻ギリギリの生徒や、わざわざ校門まで回り道するのが面倒な生徒たちは、たまにここを使って出入りしている。


 記者たちがそんな経路を知っているはずもなく、もちろん待機している人間は一人もいない。


 おかげさまで無事、登校することができそうだ。


「ところでさ、霧島くん。すぐには付き合えないって――さっき言ったじゃん?」


「う、うん。さすがにそれは唐突かなって……」


「それなら、今この場でエッチするのはどう?」


「いやいやもっと唐突なんだけど⁉」


 まるで意味がわからん。

 いきなり下の名前で呼ばせてくることといい、いまの発言といい……彼女はどこかずれているな。


 可愛いことには変わりないんだが、ちょっと中身が残念っぽいっていうか……。俺もまあ、人のことは言えないんだけど。


「む~。さすがは聖人だね。他の男は私の外見だけ見て寄ってくるけど、やっぱり、あなたは普通の男と全然違うけどそれがまたいい、これは私の初恋の予感」


「……ごめん、よく聞き取れなかったんだけど」


「ふふ、いいのいいの。とにかく私の目標は、あなたに私のおっぱいを触ってもらうことだから」


「意味わからないんですが……」


「いまのうちにアピールしておくけど、Fカップで自分でもうっとりするほど柔らかいよ」


「聞いてないから!」


 少しでも想像してしまった自分が恥ずかしい。


 ……というしょうもないやり取りをしているうちに、朝のホームルームの時間がやってきた。


 俺たちは互いの連絡先を交換して、いったん自分たちのクラスに戻るのだった。


  ★


 当然というべきか、学校の様子もいつもと違った。


 ホームルームの時間になったにも関わらず、担任は一向に現れない。

 学級委員が職員室を覗きにいったそうだが、教師たちはみな電話応対などで誰にも声をかけられなかったという。


 それだけではない。

 いつもは教室で偉そうにしている郷山も、そしてその取り巻きたちも――まだ姿を現わそうとしない。


 朝早く登校した生徒によると、彼らはみな校長室に呼ばれていったのだとか。


 普段はゴリラさながらにうるさい郷山だが、そのときに限っては明らかに顔が死んでいたらしく――。そして現在に至っても、まだ帰ってこないという。


 これはもしかしなくても、昨日の件だろうか……?


「二年三組、霧島筑紫くん。二年三組、霧島筑紫くん。職員室までお願いします」


 そんなふうに思考を巡らせていると、ふいにそんな校内放送がかかったのだった。



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