髪を切っただけでこんなに変わるものか

「ねえねえ……あの人かっこよくない……?」

「あんなイケメン、うちの学校にいたっけ……?」

「というかあの人、霧島くんじゃない?」


 ――翌日。


 学校の校門に辿り着いた俺は、またも周囲から好奇の目を向けられていた。


 しかもいじめの対象者として見られているのではなく、さっきから「かっこいい」だの「素敵」だの言われているのは気のせいだろうか。


 たしかに昨日、俺は人生初の美容室デビューをした。

 いままで天パだったものを、ワックスを使って、自分にあった髪型にして。

 たったそれだけのことで、まさかこんなに反応が良くなるものだろうか?


「おっはよ~、筑紫くん♪」


 恥ずかしさを抱きつつも校庭を歩いていると、ふいに背後から声をかけられた。


 振り返るまでもない――。

 綾月ミル、もとい綾月美憂が、こちらに向けて駆けてきているのだった。


「いっひっひ、筑紫くん、やっぱり人気ものだねぇ」


「いやいや、まさかそんなはずは」


「そうやって謙虚なところもヨシ! みんなが筑紫くんの良いところに気づき始めてくれて、私も嬉しいな」


「それはどうも……って、ちょっと」


 語尾がこんな形になったのは、ふいに美憂が腕を絡めてきたからだ。


 いくらいまの美憂は《綾月ミル》ではないとはいえ……さすがにまずいのではなかろうか? こんなことしたら、俺たちがあらぬ関係にあるというデタラメな噂が流れてしまう。


 しかも美憂の胸部はそれはもうとても大きいので、この体勢だとめちゃくちゃ押し付けられるんだよな。文字通り、異次元な柔らかさが。


 それはそれで男子生徒から羨ましそうに見られてたりして、俺はやはり、居づらい気持ちになるのだった。


「それで筑紫くん、昨日の話覚えてる?」


「う、うん……。たしか学校近くのダンジョンに潜るんだっけ?」


「そうそう♪ 紅龍を倒した報酬ももらえると思うから、配信がてら潜ろうと思って」


「わかった。今日の放課後ね」


 そこまで会話をしたところで、俺たちは一時解散することになった。


 俺は二年三組……そして美憂は二年一組だからな。


 名残惜しい気持ちもなくはないが、俺たちは放課後になるまで、それぞれの教室で時間を過ごすことにした。


 ちなみに当然ながら、教室に入ってからも、俺は驚きの視線を向けられ続けた。


 校庭にいる生徒たちと違って、三組のみんなは、俺が誰なのかはっきりわかるはずだからな。


「え……⁉ なにあれ、霧島くん……⁉」

「急にかっこよくなりすぎじゃない……⁉」


 そんな声を身に受けながら、俺は席につく。


 いつもは教室に入った瞬間に郷山からいびられていたのだが、今日もそれはなさそうだ。そもそもあいつ自体が登校してなさそうなので、今日も平和な日々を送れ――


「霧島ぁぁぁあああああ!」


 前言撤回。

 いつもの叫び声が教室内に響きわたり、俺はぴくりと身を竦ませた。


 背後を振り返ると、やはり郷山健斗がずかずかと教室に入ってきているところだった。しかも心なしか、いつもより怒りをあらわにしている。


 ……というか、どうしたんだろう。

 目にクマができていて、見ないうちに少しやつれているように見えるんだが。


「おい! 霧島はどこだよ⁉」


「い、いや……ここだけど」


「な、なにぃ……?」


 髪型が変わったことですぐには気付けなかったんだろう。

 俺の顔を見た瞬間、郷山が一瞬だけたじろいだ気がした。


「おまえ……なんだよそれ」


「なんだよって……髪を切っただけだけど」


「……ちっ」

 いままでと印象が変わったからか、やりづらそうに舌打ちをかます郷山。

「てめぇ、いい気になるなよ。急にバズってるようだが、真に強いのは俺様だ。それはわかってるよなぁ?」


「…………」


「落とし前つけようぜ。今日の夜8時……近所の《月が丘ダンジョン》に来い。わかったな」


「は…?」


 待て。

 今日は美憂と会う約束をしてるんだが。


 4時くらいには授業も終わるので、二つの用事をこなすこともできなくはないが……いくらなんでも唐突だぞ。


「来いよ。絶対だからな」


 しかし郷山の自分勝手っぷりは相変わらずだった。

 こちらの反応を待つことさえなく、勝手に決めて自分の席につくのだった。


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