陰キャ、なぜか急にモテまくる

 右手に伝わる柔らかな感触が、俺の理性を惑わせる。

 可能ならもっとこの時間を堪能したいという欲求が、俺のなかで暴れだす。


 けれど――このまま流れに任せるのはいけない気がして。


 俺はそっと、彼女から手を離した。


「駄目だよ……こんなの。俺はただ、こういうことをしたいんじゃない」


「え……?」


「こんなことをしなくても、俺は君を手伝うよ。再生回数の手伝いになれるかは、あまり自信がないけれど……」



 ――だからどうか、彼女を支えてあげてほしいんです。きっとあなたがいれば、ミルちゃんも安全でしょうから―― 


――筑紫も将来、大事な人を守れる人になりなさい。決して自分のことだけを考えているような愚か者になるな――



 父さんは、大事な人かあさんを守ろうとしてこの世を去った。


 そんな父さんのことを、俺は小さい頃からずっと尊敬していた。


 郷山たちのように、自分のことばかりを考えているのではなく。他人のために命をも賭けられる父さんを、俺は誰よりも誇りに思っていた。


 だから――こんな安易な欲望に呑まれたくない。

 それこそ郷山ごうやまのようで嫌だからな。


「つ、筑紫くん……」

 美憂が信じられないと言った表情で俺を見つめる。

「あなたって、本当にどこまで聖人なの……? ほんと、郷山とは比べ物にならないっていうか……」


「いや。別に普通だと思うけど……」


「普通じゃないって! ほんと、そこらへんの高校生とは全然違うと思うよ!」


 さ……さすがにそれは褒めすぎじゃないか?


 俺がいじめられたのは今に始まったことではなく、それこそ中学の頃からひどい迫害を受けてきたからな。

 いままでさんざん暴言や暴力を受けてきた身としては、そんなに持ち上げられてもいまひとつ実感が湧かない。


「…………」

 そんな様子を見て、筑紫は悲しそうに眉を八の字に寄せると。

「私、別にいいんだよ? チャンネルの運営って意味じゃなくて……本当に、そういう関係・・・・・・になっても」


「…………え?」


「あ、なんでもないなんでもない! あはは」


 そこで顔を真っ赤にする美憂。

 いつも飄飄としている彼女だが、意外とこんな一面もあるんだな。またしても天使のようだと思ってしまったのは、あくまで俺の胸のなかに留めておく。


「……でも、そうね。お金は渡すにしても、このままじゃ筑紫くんに申し訳ないし……」


 そして彼女はなにを思い立ったか、急に立ち上がって言った。


「決めたわ! 筑紫くんの評判、私が変えてみせるから! 任せておいて!」


「へ……? 評判って?」


「ふふ。まあまあ、任せておきなさいって」

 自信たっぷりに大きな胸を張る美憂。

「まあ……とりあえず筑紫くん。目をつぶってよ」


「んん? 目を?」


 さっきから騒がしいな美憂は。これが陽キャというやつだろうか。


 よくわからないが、とりあえず言われた通りに瞳を閉じる。


 すると。

 頬に柔らかな感触が伝わってきて、俺は小さく身を竦ませる。


 柔らかいだけじゃない……人の温かなぬくもりも感じた。


 これは……まさか……。

 おそるおそる目を開けると、やはり俺の近くに、美憂の顔があった。


「ふふ。これが私からの……せめてもの気持ち。いまはこれくらいで我慢ね」


「我慢って……いったいどういう……?」


「ふふ、筑紫くん、これから絶対モテモテになるからね。他の女の子のところ行っちゃダメだぞ☆ っていう、私からの気持ちよ」


「いやいや、俺がそんなんありえないよ……」


 やっぱり俺には、陽キャの考えがよくわからないのだった。





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