陰キャ、一変する学校生活に困惑する

――――


戦闘経験につき、新たな《ルール無視》が追加されました。


 ・薬草リポップ制限時間 無視

 ・相手の攻撃力 無視

 ★炎魔法使用制限 無視

 ★MP制限   無視


――――


「は……?」


 翌日。

 自室のベッドで目覚めた俺は、視界に浮かび上がっている文字列を見て驚きの声を発する。


 どうやら紅龍との戦闘で新たな能力を取得したようだが、それがまさかの《炎魔法使用制限 無視》《MP制限 無視》……?


 これも文字通りの能力だとするならば、破格としか言いようがない。


 ダンジョン内で魔法を使ったことなぞ一回もないが、これから使えるようになるのだろうか……? このへんを含めて考察していくしかなさそうだ。


「よっと……」


 俺は朝の身支度を済ませながら、謎スキル《ルール無視》について考察を進める。


 よくあるゲームなどがそうであるように、ダンジョンにもいくつかルールが存在する。



 たとえば、薬草は数回取ったら数分間はリポップしないとか。

 たとえば、魔法を使ったらMPを消費するとか。

 たとえば、魔法スキルを持つ者でなければ、そもそも魔法を使えないとか。

 たとえば、探索者にはそれぞれ《ステータス》があって、その数値の高さで実力が左右されるとか。



 いかに強力スキルの所持者であろうとも、このルールは覆せない。


 賢者スキル所持者でもMPが尽きれば戦えないし、剣聖スキル所持者でも、ステータスの攻撃力が低いままではまともに戦えない。


 しかしこの《ルール無視》は、そんな常識をいとも容易く突破してしまっている。


 最初は効果のよくわからないスキルだったけれど、もしかしなくてもこれ、とんでもない化け物スキルなのでは……?


「はは……そんなわけないよな……」


 俺は学校の誰もが知るクソ陰キャだ。

 何度も「存在価値ない」「死ねゴミ」と言われてきた身だ。


 そんな俺が強いスキルを授かるなんて到底ありえない。昨日だって結局、紅龍の攻撃を防ぐだけで精一杯だったしな。


 そんな思索を巡らせた後、俺は軽く朝食を済ませ、学校へと歩を進めるのだった。


   ★


「あ、あれ……?」


 ――なにかがおかしい。


 校門に着いた後、俺は明らかな違和感を覚えた。

 通り過ぎる生徒たちが、一様にこちらを見ているというか……。


 俺は校内でも(悪い意味で)有名だから、また馬鹿にされているのかと思っていた。


 しかしそんなふうでもなく、むしろ好意的にみられているような……。

 気のせいかとも思ったが、大勢の女子生徒に一瞬だけ「かっこよかった」と呟かれていたかのような……。


「お、おはようございます!」

「えっと……霧島筑紫さんですよね⁉」


 どういうことかわからないが、数名からこんなふうに声をかけられた。


 たしかに俺の名前は校内に知れ渡っているが、なにかがおかしい。

 いままでは「嘲笑」の視線だけが向けられていたはずなのに、これはいったいどういうことなのか。


 首を傾げつつ教室に赴くと、さらに不思議なことがあった。


 さんざん俺をいじめてきたクズ野郎――郷山健斗ごうやまけんとが学校に来ていなかったのだ。

 あいつが学校を休むのはかなり異例のことなので、これもかなりびっくりした。


 それだけじゃない。


「……あっ」

「……やべ」


 郷山の取り巻きとしてさんざん俺をなじってきた奴らも、バツが悪そうに俺と目を合わせない。


「…………?」


 いったいなにがあったのか、みんなどうしてしまったのか。


 まるでよくわからなかったが、おかげで久々に、俺は快適な学校生活を送ることができた。郷山一派がいないだけでこうも気が楽になるものなんだと、改めてその認識を強くしたところだ。


 ただ……今日最も驚いたのはここではない。


 放課後。

 すべての授業が終わり、下駄箱に向かっていたとき。


「筑紫くん♪」


 ふいに、背後から声をかけてきた女子生徒がいたのだ。


「へ……?」


 最初、俺はその子が誰なのかわからなかった。


 胸元につけているリボンの色から、同級生であることだけ確認できるが……。

 それ以外はなにもわからない。見た感じ超美人だし、正直、俺と関われる人種ではないはずなのに。


「えっと……な、なんで俺の名前を?」


「あらぁ~、つれないねぇ」

 少女は悪戯っぽい笑みを浮かべると、数秒だけあたりを見回し――裏ピースをしながら小さくウィンクする。

「やっほ~、私、綾月ミルだよ☆」


「へ……⁉」


 おい。

 おいおいおいおい。


 マジかよ。

 たしかにこの少女は可愛いし、少しミルに似ていなくもないが……それはあくまで似ているだけ。


 髪色も顔も、有名配信者の綾月ミルとは別人なんだが⁉


「え、えとえと、物真似です……?」


「ずこ~」

 いつも動画配信中でそうするように、大げさでずっこける仕草をする少女。

「たしかに今はウィッグもつけてないし、ちゃんと化粧もしてないけどさ。そんなに疑うことないでしょ」


「え……。え⁉」


「ほれ。見てよこの名前」


 そう言って差し出された生徒手帳には、たしかに昨日彼女から教わった名前――

 綾月美憂の名前があるのだった。

 


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