陰キャ、大勢の視聴者の前で配信者を守る
剣聖スキルを持つ者だけが扱える特技――通称ビッグバンスラッシュ。
それは高耐久の魔物でさえ一撃で屠るほどの威力を有し、並の魔物では受けきることさえ敵わない。掲示板では「火力だけに特化した脳筋戦法」と言われるほど、冗談抜きで馬鹿でかいパワーを誇る。
「はぁぁぁぁぁああああ……」
そしてミルはいま、そんな大技の準備をしているようだ。
剣の
――そう。
ビッグバンスラッシュはとんでもない威力を誇っている反面、溜めるのに相当の時間を要する。
その間に集中を切らしてしまおうものならまた一から溜めなければならず、実戦で使うには相当のテクニックが求められる技だ。
だから本来、ビッグバンスラッシュは実戦向きではない技のはずだが――。
いまこの状況においては、これ以外に有効打がないんだろう。
ミルは現在、決死の表情でみずからの剣に力を集中させている。
「…………わかったよ、ミルさん」
であれば俺がなすべきことは、技が発動するまでの時間を稼ぐこと。
幸い《ルール無視》スキルさえあれば、魔法攻撃以外はなんとか凌ぐことができるからな。
父さんから教わった剣技と、そして動画配信サイトで何度も見てきた《魔物との戦い方》。
文字通り持てるすべてを尽くして、なにがなんでも時間を稼がねばならない。
幸いなことに、紅龍はすっかり恐慌に陥っているっぽいからな。
この均衡が崩れ去らなければ、きっと成功する――!
そう覚悟を決めてからの俺は、文字通り必死だった。
神経のすべてを張り巡らせ、紅龍の一挙手一投足に注目し。
絶対に紅龍の意識がミルに向けられることのないよう、防御に徹し続けた。
そして……。
「筑紫くん! 準備OKです!」
「あっ、は、はい!」
いきなりミルに下の名前で呼ばれて動転してしまったが、こんなところでコミュ障を発揮している場合ではない。
俺は体力を振り絞ってバックダッシュを敢行し、紅龍から大きく距離を取った。
ドォォォォオン! と。
俺の元いた位置に紅龍の尻尾が振り下ろされ、すさまじい轟音が周囲に鳴り響く。たったその一撃だけで、該当の箇所が大きく抉れてしまっている。緊急モンスターの名に恥じない、まさに破壊力抜群の一撃だった。
「グォ……?」
攻撃を空ぶったことで、紅龍が不思議そうに周囲を見渡す。そしてすぐさま俺のいる位置を補足したようだが――もう遅い。
「はぁぁぁぁあああああああああ‼」
いまだ俺をターゲットにしている紅龍に向けて、ミルが背後から全力の一撃を見舞う。
――最強特技のひとつ、ビッグバンスラッシュ。
空気そのものを切り裂くかのような横一文字の斬撃が、紅龍の胴体に襲い掛かる。見るも巨大な剣撃の軌跡が、神々しい輝きを発しながら空中に留まり続ける。
「す、すげえ……」
あまりにも美しい一撃に、俺は思わず見惚れてしまった。
いかに紅龍が強かろうとも、さすがにこれは耐えられまい。
ミルは河崎パーティーと比べれば《探究者ランク》は落ちるものの、それを補って余りあるくらい、ビッグバンスラッシュの威力は甚大だ。
実際に今、紅龍はぐったりと地面に横たわっている。
背後からの攻撃はクリティカル判定となり、威力も二倍になるからな。さすがに耐えきれないだろう。
――けど。
「グォォォォォオオオオオオオオオオオオ‼」
腐ってもこいつは緊急モンスター。
通常の紅龍ギルガリアスと違って、耐久面でも一流なのだろう。
最強の剣技を喰らったはずなのに、紅龍はすさまじい咆哮とともに起き上がる。
そのすさまじい威圧感からは、文字通り、怒り狂っていることが感じられた。
「う、嘘……?」
さすがにこれには参ったんだろう。
ミルも絶望の表情を浮かべ、その場にへたり込んだ。それでなくとも彼女の全身はボロボロだ。もう体力的に限界が近いんだろう。
「グオオオオオオオオオオオ!」
それでも紅龍は容赦しない。
放心状態で座り込むミルに向け、その巨大な足を持ち上げた。一方のミルは、もう動く気力さえないようで、ぴくりとも動かない。
「や……やだ……」
あと数秒もすれば、彼女は踏みつぶされる。
遺体も残らず殺される。
「死にたくない……死にたくないよ……」
そんな彼女の悲鳴が聞こえてきたとき、俺のなかでなにかが弾けた。
「うぉおおおおおおおおおお‼」
体力の限界の限界を超えて、俺は紅龍のもとへ疾駆する。
――スキル発動、《ルール無視》。
――選ぶ能力はもちろん、《相手の攻撃力 無視》だ。
カキン、と。
俺の差し出した剣が、紅龍の足をこともなげに受け止める。
体力そのものはピークに達していても、このスキルさえ発動してしまえば、攻撃を受け止めること自体は容易だった。
そして。
俺はそのまま、無我夢中でその剣を振り払う。
いかに俺が底辺探索者であっても、このスキルを発動している間は、相手の攻撃力はゼロ。
「ゴォアアアアアアアアア!」
ゆえにこの動作だけで、紅龍は大きく弾け飛んでいった。
「グルァ……」
その衝撃が決め手になったのだろう。
激しく壁にぶつかった紅龍が、元気のない声を発し、その場から動かなくなった。
「勝ったか……?」
そこまで呟いたところで……俺もそろそろ限界に達したらしい。
ぷつりと視界が暗転し、意識が吹き飛んだ。
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