陰キャ、ドラゴンの攻撃を余裕で受け続ける

「グォアアアアアアアアアアアア‼」


 紅龍のおぞましい咆哮が、ダンジョン内にて激しく響きわたる。


 ただ叫んでいるだけなのに、まるで地震でも起きているかのようだ。

 周囲が轟音を立てて振動し、天井からは岩壁の欠片と思わしき物体がぱらぱらと舞い降りている。


 さすがは天下の河崎パーティーを追い出しただけあって、とんでもない圧を感じるな。


 だけど――俺も怯んでいる場合じゃない。

 俺の役目はあくまで、紅龍の気をミルから逸らすこと。


 いくら《ルール無視》スキルで相手の攻撃力を無視できるとしても、こちらからの有効打があるわけじゃない。《剣聖》たるミルの攻撃だけが、唯一の頼れるダメージソースだ。


「ふぅ……」


 正直、恐怖心がないわけじゃない。

 あいつは物理攻撃だけじゃなく、魔法攻撃も扱える化け物だからな。


 貧弱な俺がそんなものを喰らってしまっては、間違いなく一撃死。遺体すら残ることなく、文字通りこの世から消えることになるだろう。


 けれど――


 ――だから筑紫も、大事な人を守れる人になりなさい。決して自分のことだけを考えているような愚か者になるな――


 父の言葉を脳裏に思い浮かべた俺は、勇気を振り絞って紅龍と向き直る。


 こちらから攻撃する必要はない。

 ただただあいつの注意を俺へ惹きつければいいだけだ。


「ゴォォォォォォオオオオオ‼」


 低い唸り声をあげながら、紅龍が右腕をこちらに振り下ろしてくる。


 一般人ならば即死級の攻撃だが、しかしさっきの《相手の攻撃力 無視》さえ用いれば――!


 ガキン! と。

 俺の掲げた刀身が、紅龍の腕をしっかりと受け止める。


 巨大な龍と対するにはあまりにも華奢な剣だが、しかしその剣は壊れる素振りさえ見せない。


「グァ?」


 やはり驚いたのか、紅龍がさらに腕を押し込もうとしてくる。


 しかし無駄だ。

 スキル《ルール無視》によって相手の攻撃力を無視している以上、いかに力を込めようとも、そのパワーは俺には伝わってこない。


 しかしもちろん、それはあくまで俺が感じていないだけ。紅龍の攻撃力に変化が生じているわけではない。周囲には相変わらず振動が発生し、天井からは岩壁の欠片が落下している。


「グォオオオ……?」


 だからきっと理解できないんだろう。

 自分がこんなに力を込めているにも関わらず、なんで俺は微動だにしないのかと。


「ダゴォォォォォォォォォオオ‼」


 そして――まさか怯えだしたのだろうか。


 紅龍は一際甲高い叫び声を発しながら、その後も続々と殴打を打ち込んでくる。両腕によるパンチはもちろん、長い尻尾を振り払ったり、巨大な足で踏みつけてきたり……。


 しかしそれらの攻撃は一貫して物理攻撃。

 俺にダメージが入るはずもなく、ただただダンジョン内が荒れるだけだ。


 地面のあちこちに亀裂が走り、そこかしこの壁に穴が穿たれ……。

 まるで大嵐が吹き荒れているなかを、俺は苦労もなく佇んでいた。


 そしてもうひとつ、俺には嬉しい誤算があった。



 ――いいか筑紫。おまえは立派な探索者になるんだ。父さんの血を継いでいる以上、いつかはダンジョンに潜りたくなる日がくるだろう――


 ――だからそのときに備えて、剣の使い方を覚えておくんだ――



 生前、父さんは何度も俺に剣のいろはを教えてくれた。

 もちろん実際の剣じゃなくて、竹刀を用いた稽古だけどな。


 男は覚えておいて損はないといった理由から、事あるごとに剣の扱い方を教わったものだ。


 当然そこまでガチな指導を受けたわけじゃないし、実際の腕前は父さんに及ぶべくもないだろう。実際、稽古中はまるで勝負になっていなかったし。


 それでも――身体に染みついた動きはなかなか忘れるもんじゃない。

 そして紅龍の立ち回りなら、今まで動画配信サイトで何度も見てきた。


 謎スキル《ルール無視》の効果も手伝ってか、俺は紅龍の動きを逐一把握することができた。どの予備動作がどの攻撃に繋がるのか……的確に把握しつつ、剣で防ぐことができた。


 おかげで紅龍はすっかり恐慌状態。

 全力で動き続けてきたからか、かなり疲れが溜まっていることが見て取れる。


「そら!」


「グルァァァア!」


 俺が剣を振るうと、紅龍は簡単に吹き飛んでいった。


 もちろん、ただ考えなしに剣を振るったわけじゃない。


 剣を拾い上げたミルが、大技のために力を溜め続けており――その彼女の挙動に意識を向けさせないためだ。




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