有名配信者との共闘

「え……?」


 いったい何が起こったというのか。


 呆気なく吹き飛んでいった紅龍に、俺は思わず素っ頓狂な声をあげる。


 相手は河崎たちですら敗退した強敵だぞ? あのミルでさえ尻餅をついていた化け物だぞ?


 なのにあんなにも勢いよく吹っ飛んでいくなんて……明らかに普通じゃない。


 さっき発動した《相手の攻撃力 無視》。

 これが紅龍を吹き飛ばせた理由なのは間違いないと思うが、しかしこれが名前通りの能力であれば、それこそ外れスキルどころじゃないような……。


「ガァァァァァァァァァァァア!」


「――――っ!」


 再び響き渡ってきた紅龍の咆哮に、俺は思わず身を竦ませてしまう。


 無事に吹き飛ばせたのはいいが、しかし相手にダメージが通っているわけではなさそうだ。あくまで相手の攻撃力を無視しているだけなので、こっちからの攻撃が通るわけじゃなさそうだな。


「グルァァァァァァァアァアア‼」


 紅龍は口を大きく開けると、ブレス攻撃をすべくエネルギーを集め始めた。


 あれは――魔法攻撃か。


 ダンジョン内の攻撃は、大きく分けて二種類ある。



 物理的な攻撃……攻撃力換算でダメージが通る

 魔法的な攻撃……魔法攻撃力換算でダメージが通る


 さっきは物理攻撃だったから《相手の攻撃力 無視》が効いたのだと思うが、ブレス攻撃だとそうはいかないだろう。紅龍が力を溜めている今が、逃げるための大チャンスだ。


「ミルさん、ブレス攻撃がくるよ‼ 早く起きて!」


 幸か不幸か、俺はいままで数多くのダンジョン配信を視聴し続けてきた身。


 深く考えるまでもなく、本能ではっきりと感じられた。

 このままでは危険であると。逃げるべきであると。


「は……はい!」


 ミルは咄嗟に頷くと、急いだ様子で俺の手を取る。


 全国の男たちの憧れの的――綾月ミル。

 そんな彼女と手を繋いでいるという感慨を抱いている余裕もなく、俺は急いで壁際に駆け寄る。


 ドォォォォォォォォォォオオオオオ‼ と。

 そんな俺たちのすぐ近くを、目にも止まらぬ速度でブレスが過ぎ去っていった。


 念のため《相手の攻撃力 無視》を発動していたが、残念ながら頬にかすり傷がついてしまっている。やはり魔法攻撃に関しては、この能力では防ぎようがないらしい。


 そして。


「あ……」


 俺と手を繋いだままのミルが、絶望に染まった表情である一点を見つめている。


 ――そう。

 ここから逃げるための一本通路が、いまのブレスによって完全に塞がれてしまったのだ。天井から崩落してきた岩石たちが、俺たちの行く手をこれでもかというほど阻んでいる。


「…………」


 となれば、俺たちが生き残る方法はたった一つ。


 あの紅龍ばけものを――倒すしかない。


 幸いこの戦いは、ミルのダンジョン配信によって大勢の人々が目撃しているはず。時間が経ちさえすれば、いずれ救助者が現れるはずだ。


「あ……あの。ごめんなさい」


 俺の沈黙をどう思ったろう。

 綾月ミルが、潤んだ瞳で俺に小さく頭を下げてきた。


「私……馬鹿だった。さっき、あなたは私に忠告してくれたのに……。それを守っていれば、こんなことになっていなかったのに……」


「…………」


 ああ。

 天真爛漫な配信者として知られる彼女だが、きっとこれが素なんだろう。


 本当はこの戦いが危険だと理解していて。

 それでもきっと……紅龍に挑まないといけない理由があったんだろう。そこまでして視聴数を増やしたい理由が……きっとあるんだろう。


「大丈夫です。だから泣かないでください」


 ここで彼女をなじるのは簡単だ。誰でもできることだ。


 でも――俺はそんなふうにはなりたくなかった。

 一方的に人を痛めつけるなんて、郷山たちのようで嫌だから。あいつらのようには……なりたくなかったから。


「それに、勝機がまったくないわけじゃありません。もしかしたらこの戦い、勝てるかもしれませんよ」


「へ……?」

 ミルが驚いたように目を見開く。

「そ、そういえばさっき、あなたドラゴンを吹き飛ばしてましたよね? あれはいったいどうやったんです……?」


「俺もびっくりしてるんですけどね。相手の物理攻撃だけなら、無効化できるんです」


「え……⁉」

 さすがに驚いたのか、目を丸くするミル。

「ほ、本当ですか⁉ それめちゃめちゃ強いじゃないですか!」


「はい。俺も驚いてます」


 苦笑を浮かべながら、俺は紅龍に目を向ける。


 退路を塞いだことで勝利を確信しているのか、紅龍はのっそりとこちらに歩み寄ってきている。焼いて食うかそのまま食うか……俺たちの処理方法まで思案している様子だ。


 ――それでいい。

 油断してくれていたほうが助かる。


「だからミルさんには攻撃役をお願いしたいんです。俺があいつの攻撃を、すべて受け止めますから」


「す、すべて……」


 わかってる。

 あいつは物理攻撃だけじゃなく、いまみたいに魔法攻撃も行える化け物だ。


 いくら《相手の攻撃力 無視》があったとしても、まるで油断できる相手ではない。

 いや……実戦経験の薄い俺ごときでは到底成し遂げられない、無謀な挑戦ともいえるだろう。


 でも、それでも逃げるわけにはいかない。

 こんなところで弱音を吐いているわけにはいかないんだ。


「……わかりました」


 その覚悟を受け止めてくれたんだろう。

 ミルはゆっくりと頷くと、遠くにある剣に視線を向けながら呟く。


「では、あそこにある剣を拾ってから攻撃に移りたいと思います。どうか……お互い生きて帰りましょう」

 そして一歩踏み出しながら、最後、俺に耳打ちしてきた。

「改めて、さっきの非礼をお許しください。霧島筑紫さん。あなたは……誰よりも勇気ある人です」


「へ……?」


 おいおい、なんで俺の名前を知ってるんだ。

 名乗った覚えなんかないんだが。


 戸惑う俺の気持ちを知ってか知らずか、剣の転がっている方向へと走り出すミルだった。



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