謎スキル《ルール無視》
――ダンジョン。
それは世界の各所に突如現れた洞窟のようなものだ。
中には魔物がいて、魔法があって、科学では到底説明しきれないアイテムがあって……
当初こそ人々はダンジョンの出現に恐怖を感じたものだが、この異空間の仕組みが理解されるにつれて、そのパニックは薄れていった。
第一に、魔物はダンジョン外には出ない。
第二に、このダンジョンに入った時だけ、人間も同じく異能を手に入れる。
第三に、ダンジョンには貴重な資源で溢れ返っている。延々とエネルギーを発し続ける魔石や、治療困難な病気さえ立ちどころに治してみせた治癒石など。
貴重な資源がダンジョンに秘められていることが知られてからは、多くの人々がダンジョンに潜ることになった。貴重なアイテムを持って帰れば、それだけ高値で売ることができるから。
国もまた、そうした挑戦者の登場を積極的に支援している。
有益なアイテムを高額で買い取ったり、ダンジョン探索に不可欠な武器防具などを提供したり……。
世界中にダンジョンが登場してからまだ歴史は浅いものの、人々は少しずつ、そのダンジョンに慣れ始めていた。
――が、誰も彼もがダンジョンに入れるわけではない。
初めてダンジョンに足を踏み入れた時、誰しもが《スキル》を授かることになる。
たとえば攻撃力アップ(小)であれば、攻撃力が微増する能力を。
たとえば俊敏性向上(小)であれば、少しだけ速く走れるようになる能力を。
それぞれ授かることができるわけだ。
そのだいたいは《外れスキル》であるため、弱いスキルを授かってしまえばダンジョン探索は夢のまた夢。スキルなくしてダンジョンに潜るのは困難極まりないため、ある程度に強いスキルを持った者だけがダンジョンに足を運べるわけだ。
郷山がああやって学校で幅を利かせていられるのも、実はあいつが強いスキルを持っていることに起因する。
たしかあいつの所有スキルは攻撃力アップ(特大)――。
大型モンスターでさえ簡単にぶっ飛ばせるほどの攻撃力を得られるため、まだ高校生ながらも数々の魔物を撃破してきたと聞いている。
たしかこの前は、有名なダンジョン配信者とコラボを組んで、その実力を世に知らしめたのだとか。
だから郷山を慕っている人間は、なにも俺の高校だけにいるわけじゃない。
全国の人間があいつを尊敬してしまっている以上、俺ごときの意見ではまるで通らないのも道理だった。
ちなみに俺の所持するスキルは《ルール無視》といったもの。
まるで意味がわからないスキルだし、実際に使ってみても何も起こらない。
ダンジョン内でスキルを発動する際には、スキル名を唱えるか、もしくはそう念じればいいだけなんだけどな。それでも目ぼしい変化は訪れず、俺のなかでは《外れスキル》と化していた。
もちろん、俺も自分なりにネットでいろいろ調べてみた。
しかしいくら検索してもまるで欲しい情報に辿り着けず、正直なところ困り果てているのが実情だ。俺以外に《ルール無視》を授かった人間が誰もいないのか、もしくは恥ずかしくて情報をあげることさえ躊躇っているのか。おそらくは後者だけどな。
「ふう……」
いずれにせよ、俺の所持スキルは底辺そのもの。
本来はダンジョンに潜れるレベルにすら達していないが、ダンジョンの入り口近辺にある〝薬草〟はまとめて売ればそこそこの値段になる。
詳しい原理は不明だが、摘んでも摘んでもほぼ半永久的に生えてくるんだよな。
家計の苦しい霧島家にとって、その収入は非常に貴重なもの。
すこしでも母さんの生活を楽にできるように、俺は今日も近所のダンジョンに潜り、いそいそと薬草の採取に勤しんでいた。入口なので他の探索者たちがたまに通りかかるが、もちろん恥ずかしいので、岩陰に隠れるようにして薬草を摘んでいる。
……それにしても、なんだか不可思議な話だよな。
こんな絶好の穴場なのに、誰も薬草を摘みにこないなんて。
1時間くらい摘み続けていれば1300円くらい稼げるので、適当なところでアルバイトするよりもよっぽど儲かるんだけどな。ダンジョン奥にはよっぽど金の成る木があるのか、もしくは誰も気づいていないのか。
いや、このネット社会で後者はありえない。このダンジョンだって過疎ってるわけじゃないしな。
と。
「ゴァァァァァァァァァァアアアア‼」
ふいにおぞましい咆哮がダンジョン内に響き渡り、俺は思わず身を竦ませる。
これは――緊急乱入の魔物か。
緊急乱入の魔物、通称“緊急モンスター”と呼ばれる魔物は、通常の個体よりはるかに高い戦闘力を有していることで知られている。
たとえばスライムなら初心者でも倒せるザコだが、緊急モンスターのスライムとなると、中級の探索者でも苦戦するほどの強敵になる。
しかしその分、倒したときの報酬はすさまじく――。
高級アイテムが沢山湧き出すことはもちろん、さらに強い武器防具を作るための素材も入手することができる。
またその圧倒的強さゆえに話題性も抜群で、視聴数目当てに配信者が突撃してくることもあるのだとか。
――けどまあ、俺には関係のない話だ。
緊急モンスターと戦うことができるのは、掲示板でも頻繁に話題になるような最上位の探索者だけ。俺のような外れスキル所持者では、対峙した瞬間に殺されてしまうだろう。
「ぐう……」
「いててて……」
案の定というべきか、三十分くらい経った後、四人チームの探索者たちがぼろぼろの姿で帰ってきた。この状況から察するに、緊急モンスターに負けてしまったのは明白だろう。
ダンジョンはまるでゲームのような世界だが、ここは紛うことなき現実だ。
死んだら文字通りあの世逝き。
現実に帰ってこられる日は二度とこない。
なので深追いせずに帰ってくるのも、ダンジョン探索における常識と言えた。
「おいおい、待てよ……」
岩陰から男たちの様子を窺っていた俺は、思わず驚きの声を発してしまう。
あいつらはたしか
その圧倒的な実績から、掲示板内ではS級の探索者として名を馳せていたはずだ。
難関とされるダンジョンのボスを次々と撃破し、いきなり現れた緊急モンスターさえも何度も打ち破り……
まさに上位スキル所持者だけが集まる、言わずと知れた有名パーティーのはず。
掲示板内でも「化け物の集まり」「モンスターなのはこっちのほう」とめちゃめちゃ言われるくらいには強いのに……。
そんな河崎パーティーが、まさか敗退したのか?
いったいどんな魔物が、この奥に潜んでいるんだ?
「駄目だ駄目だ、そんなことより薬草を集めないと……」
そこまで考えたところで、俺は再び薬草採取に意識を引き戻す。
河崎パーティーの敗退はたしかに気にかかるところではあるが、俺なんかが干渉できるレベルを超えている。余計なことに首突っ込むより、いつも通り薬草の採取に徹しなくては。
そう判断し、地面に生え続ける薬草を摘み続けてから――さらに三十分後。
「はぁ~~い! ここが緊急モンスターが現れたっていうダンジョンですね☆ ちょうど近くにいたんで、すぐ着いちゃいました!」
またしても聞き覚えのある声が響きわたり、俺は再び息を詰まらせるのだった。
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