第8話

「えーっと、少し休ませてくださいねー」疲れた顔をした高宮が縁側にベタっと尻を付けて座っている。傍らにはペットボトルの茶。その横には鈴木さんが座布団の上に凛とした姿勢で座っている。「お手洗い行かなくても大丈夫ですか?一応、男女がそこで顔を合わさないように、トイレ休憩タイムを男女で分けるつもりでいるのですが」高宮はすこしバテた調子で言う。オレは周りを見渡すが、少なくとも男性陣にはトイレに行きたいという者はいないらしい。

「そうですかー。もう初夏ですもんねー。そんなにしょっちゅうトイレに行く必要もありませんよね。冬じゃあるまいし」高宮はオフタイムの表情を浮かべながらそう言った。

「バテバテじゃないですか、高宮さん。だから言ったじゃないですか。四十九個の質問は事前に考えておくべきだって」鈴木さんが呆れたように言う。マジか、あの質問は全部アドリブだっていうのか。そりゃ疲れる。四十九本の発想力ダッシュと参加者を気遣うコミュニケーション能力を発揮し続けたなら、そりゃあフラフラになってしまう。よくもまあ、あれだけの事をしたもんだ。

「あー。この【五感で婚活】に大事なのはライブ感だと思っていましてね。用意しておいた質問を言うだけじゃライブ感は育たないんですよ、鈴木さん」

「そーゆーものですか?」

「嘘ですけどねー。単に事前に用意してくるのがめんどくさかっただけです」

「ですよねー」

 高宮と鈴木さんの関係性はよく分からないが、何気ない雑談の中にも息が合っているのが見て取れる。


「あー、そうそう。参加者のみなさん、反対側の部屋にいる七人の異性に対する印象を、受付でお渡しした【提出用印象記入用紙】にそろそろ書き込んでくださいねー。七列の表の一番左側には異性のニックネームを、その横の小さなマスの中にはその人に対する印象を二重丸、丸、三角の三段階で書き込んでください。二重丸をつけていいのは一人だけ、ふつうの丸を付けていいのは二人まで、です。全員に三角をつけるのは構いませんが、二人以上に二重丸を付けたり三人以上にふつうの丸を付けたりするのは禁止です。そして、さらにその横の大きめの空欄にはその人へのエールやメッセージを書き込んでください。また、一番右の小さなマスは空欄のまま空けて置いてくださいねー。

 だらっと身体を弛緩させたまま、高宮は説明する。それに応えて、鈴木さんがホワイトボードにその用紙の記入例を書き込んでいく。


 いいコンビだ。夫婦にも恋人同士にも見えないが、息の合い方に相方感あいかたかんがあって微笑ましい。見ていて楽しい。

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