第5話
参加者が全員無言のままに、高宮とホワイトボード越しに質疑応答する時間はおよそ四十分ほど続いた。映画、酒、趣味、行ってみたい旅先等々、一問一答の七対七の時間は、参加者それぞれに、顔も声も知らない七人の恋人候補、配偶者候補の答えを書き写しては、それぞれの印象をそこに書き足す忙しい時間となった。オレは数年前に卒業した大学の講義でも、これほど真剣に目と耳を傾け、ペンを走らせた事はない。
男部屋と女部屋が襖で区切られたこの空間はクーラーの稼働はないが、ホワイトボードの向こうの庭先に通じるガラス戸が開け放たれていて、後ろ側の部屋の入口の引き戸も少し開いているせいで風が通り、暑いという事はない。ただ、初夏の陽気と妙な緊張感は少しだけオレの身体を汗ばませる。着替えさせられた真新しいTシャツは多少の汗を吸い、オレの身体に馴染んできたように思う。
「さて、それでは、無言で書き込む時間は終わりにしますね。五感で婚活と謳っているのに、今のところ、五感はすべて封じたままにやってまいりましたが、いよいよ、五感を通じて相性を探ってまいりましょう。男性と女性を隔てているこの襖。この襖の向こう側に七人の異性がいる訳ですが、真ん中の襖の
「皆さんには現在、畳の上、座布団の上に座ってこちらのお庭の方に向いてもらっています。ですが、そのまま座って頂いたままだと、襖を少し開けたその隙間から向こう側が見える事もあるでしょう。ですので、握手の番が回ってきて立ってもらうその時までは、互いの部屋を隔てるこの襖を背にして座って頂きますようお願いします。握手してもらう順番の方には、それぞれ、女性側は鈴木さんが、男性側は私が肩に触れて合図しますので、合図を受けた方は襖を背にしたまま立ち上がって、立ち上がったあとに振り向いて、布のかかったトコロへ足を運んでください」高宮の言葉にオレも、他の男性参加者も応じる。とりあえずは女部屋との間仕切りである襖に背を向け、床の間にかかった掛け軸を眺めながら、自分の順番を待つ。
「しゅ、シュンです」
「んんっ、ミーナです」
後ろから一組の男女の声がする。意識的に閉じていた喉のせいか、聞こえてくる二人の声はどこかぎこちない。果たしてオレはいつもどおりの普通の声を出せるだろうか。ゴクリと唾を飲み込む。
「はい、顔も知らない異性との握手はヘンな感じでしょうけども」後ろから高宮の声が響いてくる。「ここで、声の印象も互いに少し得て頂く為に、私から他愛もない質問を出しますね。コレはライブ感を大事にしたいので、みなさんそれぞれに違った質問をします。ですので、他の皆さんは私が今から言う質問に対して『自分ならどう答えるか』と考えなくてもいいですよ。それでは、シュンさん、ミーナさん。一匹のワンコを飼う事になった。そのワンコに付ける名前は?」
「ぺ、ぺス!」と答えたのはシュンという男の声だ。
「わ、わ、わ、わんざぶろう!」と言ったのは、ミーナという女か。『ミーナ わんざぶろうというセンスはGood』と、オレはバインダーに挟んでいたさっきの紙の片隅に書いた。
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