第4話

「さて、続きましてはお酒に関する質問です。そうですねぇ、暑くなってきました今日この頃。本日の夕方過ぎに飲みたくなるお酒を答えてください。もちろん、体質的にお酒を受け付けない方もいらっしゃるでしょうし、そういう方はコーラとかコーヒーと書いて下さっても大丈夫です。また、お酒自体が苦手であるかどうか、お酒の場そのものを好むとか好まないとかも書いてもらえたらいいかと思います。飲みニケーションで仲良くなるとかならないとかは前時代的なものでありますが、お酒の嗜み方の相性がまるで合わないというのも中々に辛いものでしょうから、これは結構大事なんですよね。嘘偽りなく書いてくださいねー」高宮が二つ目の質問を投げかけて来た。確かにそうだ。他の相性はバッチリだけど、唯一酒好きと下戸という関係性だけが好相性とは言えないという男女が夫婦になるのはいいだろう。でも、あれもこれも相性が悪いのに酒に関する事そのものがケンカの種になるような男女は結婚するべきじゃない。酒の相性ってそれなりに大事なのかも知れない。オレは『ギネス』と三文字だけ書いて、ホワイトボードを高宮に向ける。


「それでは、今度は女性陣の回答から書き込んでいきましょうか。鈴木さん、私がまた読み上げていきますから、ホワイトボードへの記入をまた、よろしくお願いします」高宮はそう言って、少し女性部屋の方へ移動し、女性陣の名と答えを読み上げ始める。鈴木さんは男性部屋の前のホワイトボードの前に立ち、高宮が読み上げていく答えをそこに書きこんでいく。縦書きに書かれた名前の下の映画のタイトルだけを消して、書き込んでいく。


 アリサ スパークリングワイン

 マリ 柑橘系チューハイ

 ミーナ ビール

 ユノ ヒューガルデン

 サキ 炭酸水(お酒飲めません。お酒の場はキライじゃないです)

 ヒナ 生ビール

 マルコ アイスティ(お酒苦手です)


 男性部屋の前のホワイトボードには隣にいる七名の女性の酒の好みが書き込まれる。男性陣はそれを手元の紙に書き写す。書き写しながらオレは『酒好きのオレはマルコとは上手く行かないだろうな』なんて考える。そして、『ヒューガルデンも美味いよな』と、ユノという女性への好意を募らせる。顔すら知らない相手、映画と酒の好みの相性だけは良さそうな、ユノという女性への好意。おかしな話だ。


「えーっと、ここで、ワタクシゴトをちょっとお話させて頂きますね」高宮は、鈴木さんが女性部屋の前のホワイトボードに七人分のデータを書き終えたタイミングで話し始めた。「ワタクシ、高宮トオルは本業がバーテンダーでして。この【五感で婚活ゴカコン】は趣味でありライフワークにしていきたいと思っておりましてですね。また、このお寺、天性寺てんしょうじさんとのご縁もありまして、こうやって不定期ながら開催させてもらっているんですね。趣味ですから、今回男女共に頂いています三千円かける十四の四万二千円のうち、二万円はこのお寺に寄進していますし、一万円は鈴木さんの日当です。そして、およそ四千円が備品代等の経費で、残り八千円で、この会が終わった後のささやかな懇親会の飲み物と食べ物を用意しています」高宮は滔々と話す。なるほど、趣味か。規模の小ささと会費の安さはそれが故なのだな。「で、ですね。最終的にベストマッチングと私と鈴木さんが判断したお二人には、この場では最後まで顔を合わさずにいてもらいます。それはどういうことかと申しますと、男女の入り口を分けて、けっして互いの見た目が分からないままにスタートしましたこのゴカコンで、相性的なベストマッチとなったお二人には然るべき場所で出会って欲しいと思っているからなんです。ですから、サイコーの相性だと私たちが判断したお二人には、こちらが提示いたします待ち合わせ場所に、会が終わった後に向かって頂きます。少しだけ、この会場を出る時間をズラさせて頂きましてね」ほぉ、一風変わった婚活だとは聞いていたが、面白い企画だな。めちゃくちゃ相性がいいと思えた相手でも、この場では顔すら拝めないのか。


「で、先ほど申し上げました懇親会」高宮は話し続ける。「この懇親会は、言わば、ベストマッチングな相手に出会えなかった方同士の慰労会的なものでして。この婚活、ゴカコンはベストマッチングを保障するものではありませんが、ベストマッチングではないとはいえ、ここに集結したのも何かの縁でございます。ベストマッチングな男女にはこの会が終わり次第、この場を離れて頂きますが、そうならなかった方々は、そこで初めて対面する異性と、或いは、同席していた同性の方々と交流して頂きまして、後の合コン等のキッカケをそこで得て頂ければ良いかと思っています。ま、先ほど申し上げました収支を思いますと、無理やりにでも全員の方をベストマッチングとしてしまえば、その飲み物と食べ物が私のものになりますから、そうしたいのはやまやまなんですが、今までの経験上、ベストマッチングの数は多くて三組、少ない時はゼロという事もあります。……、というこのイベントの懐事情をお話ししましたので、よかったら私の店の方にも来てください」そう言って、高宮は爽やかに笑った。


 高宮の趣味であるというこの婚活は、高宮の店の宣伝も兼ねているのだな。それはいい。誰も損をしない、そして、誰もが何かしらの得をするというこのシステムは良く考えられている。参加者の男女十四人も、高宮も、鈴木さんも、このお寺も、何らかで得をするように考えられている。とてもいいな。

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