第3話

 受付で手渡されたのはA4サイズのホワイトボードとそれ専用マーカー。あとは、このゴカコン参加に際しての注意事項が書かれた紙と、後のイベントで使う様な紙と、何も書かれていない真っ白な紙と安物のバインダー、これらもやはりA4サイズだ。そして、ボールペンと、今着ているTシャツとネームプレート。ネームプレートにはファーストネームか、呼ばれたいニックネームをカタカナで書いてくださいとの事だったので、オレは素直に【ヒロシ】と書いた。


「それでは、これから皆さんに私からいくつかの質問をして参ります。それに対する答えをお手元のホワイトボードに書いて私に見せてください。私はそれを読み上げますし、また、その答えを鈴木さんがこちらのホワイトボードに書き上げます。皆さんは鈴木さんが書いた答えをお手元の紙に記入していって下さい。襖の向こう側にいる異性の印象をメモする事で、自分と相性の良さそうな方を探っていく感じですね。難しい質問は致しません。なるべく直感で答えてくださいね」そう言った高宮の後ろには二台のホワイトボード。会議室にあるような一畳ほどのホワイトボードが男性サイドと女性サイドそれぞれに立っている。ホワイトボードの下部の足の間からは綺麗に手入れされた庭が見えている。初夏の午後二時の庭は生き生きと緑を湛えている。気の早い蝉がどこかで鳴いている。


「先ずはそうですね。男女共に同じ質問をして参りましょう。最近見たものでも随分昔に見たものでも構いません。皆さんが今までに見た映画の中で最も良かった、仲の良い友人や家族や恋人に奨めたくなるような作品を一つだけ書いて下さい」高宮はにこやかにそう言った。

 映画、良かった映画……、恋人に奨めたくなるような映画、かあ。なんだろう?ブラッド・ピットとエドワード・ノートンの怪演が光ってたあの古い映画、ファイト・クラブがオレは好きだが、アレは女性にはウケないと聞く。恋人に奨める事はない、か。ならば、あれかな、バグダッド・カフェ。あの映画の空気感と主題歌はとてもいい。オレは『バクダッド・カフェ』とホワイトボードに書いてそれを高宮の方に向けて掲げる。


「ハイハイ。そうそう。そうやってホワイトボードに、今回は映画のタイトルを書いて私に向けてください。男性の答えはこちらの女性側の大きなホワイトボードに、女性の答えは男性側のホワイトボードに鈴木さんが書き込んでいきますから、自分の答えがこちらのホワイトボードに書きこまれたのが見えたらお手元のホワイトボードは下ろしてもらって大丈夫です。そうですね、私は鈴木さんが書き込むのを手伝う為に読み上げましょうか。えっと、まずは男性サイド。クニオさんは『ロードオブザリング』、シュンさんは『天空の城ラピュタ』、ヒロシさんは『バグダッド・カフェ』ですね」高宮の読み上げる声と、鈴木さんが動かすマーカーのキュキュっという音だけが室内で生まれてる。男女共に参加者の声は聞こえない。


 女性サイドのホワイトボードには参加男性の名前と、その人が奨めたい映画のタイトルが書き込まれたようだ。オレの座っている位置からはその半分くらいしか見えないが、男性参加者七人の名前の下に映画のタイトルが書かれているようだ。そして、男性サイドのホワイトボードにも鈴木さんはマーカーを走らせ始める。

「アリサさんは『ボヘミアンラプソディー』、マリさんは『千と千尋の神隠し』……」高宮の読み上げる声に合わせて、鈴木さんはホワイトボードに女性の名前と映画のタイトルを書き込んでいく。それを見ながら、男性参加者は手元の白い紙にそのままを書き込んでいく。もちろん、オレも。

「ミーナさんは『天使にラブソングを』、ユノさんは『バグダッド・カフェ』ですね」高宮の読み上げる言葉にオレはハッと顔を上げる。本名も顔も何をしている人かも分からないユノと名乗る女性はオレと趣味を同じくしているかも知れない、という期待が急に膨らむ。

「おっと、ユノさんとヒロシさんが同じバグダッド・カフェを挙げてますね。いい映画ですもんねー、あれ。でも、まぁ、これは最初の質問ですから、これだけを頼りに『運命の出会いだ!』なんて思わないでくださいね。先入観はなるべく持たずに、様々な個性を見合って、相性のいい相手を見つけようというのが、このゴカコンのコンセプトですので、焦らないでくださいねー」高宮はオレの胸中を見透かしたかのように言う。なるほど。そうかも知れない。好きな名作映画がたまたま一致するくらいの事は珍しいことじゃない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る