第2話 土屋美雨の場合2 新しい家族!?

 彼の言う事に耳を疑ったが、眩しいほどの笑顔で言われたので何がなんだかわからなくなった。


「あれっ、聞こえませんでした? もう一度言いましょうか? 僕はあなたに育てて──」


「いやっ、聞こえてる! 聞こえてるから! ただ、冗談ジョークにしては嘘に聞こえなくて、混乱してるというか……」


冗談ジョーク? 嫌だなぁ、そんなわけないじゃないですか。美雨さんって面白い人ですね」


 よく知らない人に、面白い人認定されてしまった……。


「とにかく、あなたずぶ濡れじゃない。せめて雨の当たらない場所に行きましょうよ」


 私は持っていた傘を半分、彼の頭上にやった。


「大丈夫です。僕、雨が大好きなので」


 雨が大好き!? って、濡れても平気って事!?


「いや、風邪ひきそうで、こっちが見てられないというか。とにかく屋根のある所へ」


「ごめん。僕、プランターから動けないから」


 プランターから、動けない……?

 視線を下に向けると、彼の足は見事にプランターに埋まっていた。


「ちょ、ちょおおおおっ!? 何、プランターに入ってるの!?」


「何……と言われても。僕はここから生えてきたので」


「何、バカな事言ってるのよ! ああもう、せっかく種を育てていたのに!」


 彼のイタズラで、せっかく育っていた芽が全部パァだ。

「さっさと出なさい!」と、私は彼の足元の土を掘り返した。

 すると……そこには、目を疑う光景があった。

 掘り返した部分は、植物の根が張られていたのだ。


「え……?」


 根の部分と脚の部分を交互に二度見した。


「だから、言ったじゃないですか。あなたに育ててもらった種ですって」


「ええええええええええっ!?」


 嘘でしょ!? そんな事ってあるの!?

 あの種から人が生えてくるなんて!!


「正確に言うと人間ではなくて、人型植物です」


「人の心を読むんじゃないわよ!」


 ど、どうしよう……。まさかこんなことになるとは思ってなかったから、対処方法がわからない……。雑草なら引っこ抜いて終わりだけど、これを引っこ抜く……?

 彼の顔をちらりと見た。純真で無垢な笑顔が眩しすぎる。

 これを引っこ抜くのは、ちょっと、いやかなり躊躇われる。

 それよりも、問題は母だ。母になんと説明すれば……?


 ……こんなの、正直に話すしかないでしょうが!


 犬や猫じゃあるまいし、隠し通せる自信がないわ。

 今後どうするか、母に相談して考えるしかなさそうだ……。


「そうだ。君の名前は?」


「名前は、まだありません。美雨さんがつけてください」


「私の名前は知ってるのね……。そうねぇ、さっき雨が好きって言ってたわよね。まるで紫陽花みたい。アジサイの“サイ”って、どうかしら?」


「サイ……。いいですね! 素敵な名前をありがとうございます!」


 ああっ、いちいち笑顔が眩しい……っ!


 母に説明しないといけないから、とりあえず今夜はリビングにいてもらうことにした。見た目は重そうだったが、サイはそれほど重くはなかった。シートを敷いて、プランターごとそこへ置く。


 しばらくして、母が帰ってきた。


「おかえり。お母さん、あの、話があって」


「ただいま。何?」


「あの、えーと、その……」


 ど、どうやって切り出せばいいのかわからない!

 悩んでいるうちに母はすでにリビングに踏み行っていた。


「えっ!? あ、お友達!? 君、なんでそんなずぶ濡れなの!? というか、こんな時間にどうしたの!? 親御さん心配するよ!?」


 母は、サイを見て捲し立てた。ずぶ濡れのサイを見て、訳ありの家出少年とでも思ったのだろう。当然の反応だと思う。


「はじめまして、美雨さんのお母さん! 僕はサイと言います! 美雨さんに、名前をつけてもらいました!」


 サイが言うと、母の頭上に「???」が浮かんだ。

 そりゃあ、そうですよねー……。


「あのね、お母さん。驚かないで聞いてほしいんだけど……」


 私は、最初から順を追って説明した。

 街で知らない女性に、花の種をもらったこと。その種を、プランターに植えたこと。育てていたら、サイが咲いたこと……。サイが人型植物である証拠の、足の根も見せた。

 一通り話し終わると、母は頭を抱えて悩み出した。


「いや、まあ、実際こうして、サイ君……だっけ? 咲いてるわけだし、信じるしかないわよ? でも、ねえ……どうすんのよ……どうすれば……!?」


「だから、それをお母さんに相談してんじゃん!」


「私だって娘の言う事なら相談に乗ってあげたいわよ! でも、常識を超えてるでしょ!?」


「す、すみません」


 母の勢いに、サイが萎縮してしまった。


「あのね、サイ君。君が咲いてしまった事はもう仕方ない。でも、うちは経済的に余裕のない母子家庭なの。君を養っていく余裕はないのよ」


「あのー。僕の食事なら、水と時々植物用栄養剤をいただければ……」


「えっ、それだけでいいの?」


「はい。あと、時々土を新しくしもらえると、もっと長持ちします」


「なンだ、それを早く言ってよ、もうー!」


「えっ? お母さんが心配してたの、そっち!?」


「なによ、重要な事でしょ?」


「そうだけど、そうだけどー! 他にも問題はあるのよ! サイは元々外で咲いてたわけ! あと雨が大好物! だけど、庭に人がずっと立ってたらおかしいでしょー!」


「うーん。じゃあ、サイ君を窓のそばに置いて、周りに衝立を立てるっていうのは?」


「衝立を立てるのも、結構お金かかるんでしょ?」


「それくらいは、なんとかするわよ。犬小屋を建てると思って」


 ペット認定なんだ……。

 でも、母が承諾してくれて良かった。


「その代わり、しばらくあんたのお小遣い、減らすからね♪」


「え、ええーーっ!?」


「息子ができたみたいで、嬉しいわー。よろしくね、サイ君」


「よろしくお願いします、お母さん」


「あらやだー。聞いた!? “お母さん”って!!」


「はいはい……」


 母が意外と乗り気で、呆れ返ってしまった。

 もう、どうにでもなれだー!

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