オヤジ栽培〜癒しのオヤジを咲かせましょう〜
草加奈呼
第1話 土屋美雨の場合1 雨は嫌い
雨は嫌い。傘を、すぐ忘れるから。
雨は嫌い。お父さんが、出て行った日だから。
雨は嫌い。雨が降るのは、私のせいだから──。
自他共に認める極度の雨女、それが私。
今日も雨に降られ、テナントビルの軒下で雨宿りしていた。
コンビニで傘を買えばいいって?
この体質のせいで、雨に降られるたびにコンビニ傘。
よって、家にはコンビニ傘が売るほどあるのだ。
母からコンビニ傘禁止令が出てから折りたたみ傘を持ち歩くようにしていたのだけれど、今日は絶対晴れ! 降水確率0パーセント! それを信じて学校に行ったら、突然のゲリラ豪雨。
天気予報より私の呪いが勝ってしまった。
昔は同級生に名前をからかわれたりもした。
『名前に“雨”が入ってるから、おまえのせいで雨が降ったんだ』
……なんて、根拠のない責められ方もしたけれど、あながち間違いでもないので何も言い返せなかった。
さあ、このゲリラ豪雨はどれくらいで過ぎ去るでしょうか?
スマホで雨雲レーダーを見ようとした、その時──。
雨の中、こちらに向かって走ってくる着物姿の女性。
せっかくの綺麗な着物が、雨で台無しだ……。
なんだか申し訳なくなった。
女性は小さく肩で息をして呼吸を整え、ハンカチで着物を拭いていた。
しかし、この雨量ではもう全身ベトベト。ハンカチではとても拭けそうになかった。
「……どうぞ」
私はカバンから、たまたま持ち合わせていたタオルを取り出し、女性に差し出した。
「あらぁ、いいわよ。あなたも濡れているわ」
「私は、そんなに濡れなかったから大丈夫です」
「じゃあ、お借りするわね。ありがとう」
女性は物腰柔らかで、優雅な雰囲気だった。
見ると、花の籠を持っていた。丁寧にビニールで包まれている。
「この子たちが無事で良かったわ」
女性は、自分よりも花を心配しているようだった。
とりわけ会話することもなく、ただ黙って女性の隣で雨が上がるのを待っていると、女性は何かを取り出した。
「そうだわ。これ、タオルのお礼。花の種なんだけど、良かったら育ててみない?」
特に断る理由もなく、私は「はぁ」と気のない相槌をして受け取った。
袋は真っ白で、何の花かは書かれていなかった。
「これ、何の花ですか?」
「うふふ、それは育ててみてのお楽しみよ」
「何の花かわからないと、育て方がわからないんですが」
「それもそうね。種を植えて、1日1回、霧吹きで水をあげるのよ。あとは、花が咲いたら教えてくれると思うわ」
「教えてくれる……って、誰が?」
「あら、雨が上がったみたいね。では、私はこれで」
「えっ? あの……!?」
その時、一瞬だけ雨上がり特有の強い風が吹いた。
乱れた髪を直している間に、女性はいなくなっていた。
不思議な人だったな……。
家に帰ると、庭に空いたプランターがあった。土もそのままある。
ちょうどいいので、私はそこに種を植えた。しかし、霧吹きがなかったので、ジョウロで適当に水を上げた。
まあ、これくらいなら芽くらいは出るでしょ。
「ただいま」
誰もいない部屋に向かって、ただいまを言った。
うちは父親がいない。母一人、子一人の母子家庭だ。
母は看護師で、夜遅くまで仕事をしている。夕飯は私が作るか、レンチンで済ませる時もある。
今日は、レトルトのカレーとサラダにしよう。最近のレトルトはレンジで温められる物もあるから、とても便利だ。
母の分のサラダは冷蔵庫へ。今日も一人寂しく、夕飯の時間です。
……なんて、もう慣れているけれど。
夕飯を済ませて自分の部屋にこもる。
私は受験生だけど、就職するつもりでいる。元々そんなに成績もよくないし、何かを勉強したいわけでもない。ただ、赤点だけは避けたいので必要最低限にテスト勉強はするつもりだ。
適度に休憩を取りながら真面目にテスト勉強していると、母が帰ってきた。
「ただいま〜」
「おかえり」
母は、朝早くに家を出て行ってしまうので、母との挨拶は、これと「おやすみ」くらいしかない。
普段、会話が全くないわけではないし、仲が悪いわけでもない。ただ、母の疲れている顔を見ると、なんだか話すのを躊躇ってしまうのだ。
だが今日は、母から話しかけてきた。
「美雨、あんたさぁ。進路どうするわけ?」
何かと思えば進路の話だった。そういえば先生に進路のプリントは提出したけど、母にはまだ話していなかった。
「就職するよ。特にやりたい事もないし」
「別に、お金の事は心配しなくていいのよ? 就きたい仕事があるっていうんなら別だけど、やりたい事がないなら大学で探したっていいんだし」
「私の成績で、どの大学に入れるのよ……?」
「でも、妥協で就職するくらいなら……」
「妥協じゃないし! それに、先生にはもう就職って言ってあるから!」
部屋の扉を閉めて閉じこもる。
ああ、こんな事言うつもりじゃなかったのに。
母も、それ以上は何も言ってこなかった。
それから数日間、雨の日が続いた。そろそろ本格的な梅雨入りかもしれない。
雨は嫌いだけど、この時期は少しだけ気が紛れる。だって、この雨は私のせいじゃないかもしれないから。すべて梅雨前線のせいにできる。
そういえば、庭のプランターに植えた種はどうなっただろうか?
雨が続いたのでそのまま放置状態だ。もしかしたら、種が傷んでいるかもしれない。
しかし、その心配は杞憂だったようだ。
学校から帰って来て様子を見ると、ひょっこりと芽を出していた。
それにしても、植物ってこんなに早く芽を出すものなのね。
あの女性は、「育ててみてのお楽しみ」と言っていたけれど、一体どんな花が咲くのか楽しみだった。
ある日の事。今日も相変わらず朝から雨だった。
学校から帰ってくると、プランターのそばに誰か立っていた。傘もささず、ずぶ濡れのまま。
こんな雨の日に……不法侵入者? しかしよく見ると、その人物は辺りの様子を窺うようでもなく、ただじっと立っていた。もしかして、うちに何か用でもあるのだろうか?
近づくと、同い年くらいの男の子だった。青い髪でブレザーの制服を着ている。同級生……? でも、見たことない子だなぁ。
「あのー……。うちに何か用ですか?」
おそるおそる声をかけてみると、男の子はパッと笑顔になった。
「おかえりなさい! もしかして、美雨さん?」
「え、ええ……そうだけど……。あなた、誰? どこかで会ったかしら?」
同じ学校でも知らない人はいるけど、一方的に名前を知られているのは、なんだか恥ずかしい。
「はじめまして。僕は、あなたに育ててもらった種です!」
………………はい?
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