1-5

 僕はそれを受け取って、目を見開いた。


 あれ? 緑茶だ。あ、そっか。ヨーロッパでも最初に中国から輸入していたのは緑茶だったっけ。


 キャニスターの蓋を開け、香りを確認する。


 うん、爽やかないい香りだ。状態は申し分ない。変な薬品が使われてることもなさそうだ。


 お茶に薬品? って思うかもしれないけど、普通にありえるんだよ。これがまた。

 そのころのお茶は関税などのさまざまな理由からやたらめったら高かったせいもあって、木屑や正体不明の謎の植物なんかを混ぜた粗悪品もかなり出回っていて――そしてそういった粗悪品には茶葉の色や淹れたときの水色を綺麗な緑色にするために着色料が使われていることもあったんだ。


 ちなみに、当時の緑の着色料って毒性が強いものが多かったから、飲んだら体調を崩すだけじゃ済まないことも。輸入するのが緑茶から紅茶に変わっていったのも、そういう事情もあったとか。


 正直、ここは異世界だし、乙女ゲームだしで、そんな歴史が反映されているとは思わないけれど、それでもこの世界が十九世紀半ばから末あたりのヨーロッパをモデルとしている以上、用心するに越したことはない。


「これが一番質が良いもの? ってことは、ほかにもあるってこと?」


「ございますが……」


「全部見せてくれる?」


 クロードがやれやれといった様子で息をついて、再び奥へ入ってゆく。……よくもまぁ、そんな態度で公爵家の執事をやれてるな。お嬢さまの頼みがそんなに面倒かよ。


「こちらになります」


 クロードがキャニスターをテーブルに並べる。僕が持っている緑茶も合わせて、全部で四つ。


「あ、紅茶もある」


 緑茶が二つ、紅茶らしき茶葉が二つ。僕は片方を手に取った。


 ああ、でも、これはたしかにあまり質がよくないな。そもそも茶葉の大きさが全然揃ってない。

 香りも確認してみたけれど、見事に飛んでしまっている。もしかして、結構古いのかな?


 じゃあ、緑茶を使うか。


 僕はグルリとパントリー内を見回した。


「ドライミントがあるな……」


 質はかなりよさそうだな。――よし、緑茶ベースのフレーバーティーを作ろう。


 僕は最初に出てきた一番質のいい緑茶のキャニスターを手に、クロードを見た。


「あの、ドライフルーツってありますか?」


 あるよな? 昨日、ドライフルーツを使ったケーキがお茶請けで出たもんな?


「ございますが……」


「レモンピールかオレンジピールがあったら、ください。あと蜂蜜も」


「はぁ……」


「そして、リナ。珈琲用で構わないからポットと、三分以上しっかりと沸かしたお湯を用意して」


 リナが「はぁい!」と元気よく返事をして、パントリーを出てゆく。

 僕の前にミントとレモンピールと蜂蜜を並べたクロードは「沸騰した湯ですか?」と眉を寄せた。


「……なるほど、そういうことですか。粗相をしたのは誰です?」


「へ?」


 粗相? え? 僕、今、そんな話してたっけ?


「えっと……? なんのことですか?」


「粗相をした者におしおきをするために所望されたのでしょう? 粗相をしたのは誰ですか?」


「おしおき……? えっ!? まさか、沸騰したお湯を!?」


 粗相した者におしおきとしてぶっかけるために欲しがったとか思ってんの!?

 いやいやいやいや! はぁ!? なにそれ! 発想、怖ぁっ! 


 僕はぶんぶんと激しく首を横に振った。


「ふ、普通、誰かにかけるために沸騰したお湯を頼んだりしないと思うんですけど……」


「たしかに普通はそうですね? ですが以前、実際になさったじゃないですか」


 ……嘘だろ? マジか、アデライードさま。品行方正、清廉潔白、謹厳実直はどこいったんだ。


「ないないない! ないですから! 誰かにぶっかけるために沸騰した湯を頼んだりしませんし、そんなレベルの罰を受けなきゃいけないような粗相をした人間もいません!」


 どんな酷い過ちを犯したら、そんなレベルの罰を受けるんだよ!


「だいたい、ドライフルーツと蜂蜜も一緒に頼んだじゃないですか」


 お茶も! ミントもだ! おしおきで熱湯をぶっかけるのに、それらはいらないだろ?


「たしかにそうですね。では、いったいなにをなさるつもりなのですか?」


 いや、だから……。


「お茶を飲むためですけど」


「はい!?」


 いやいや、なんだよ? その『信じられない』とでも言いたげな顔。

『粗相をした人間にかける』よりも、よっぽど普通の答えだろうが。 


「…………」


 ――って思うんだけど、どうやらクロードにとってはそうじゃないらしい。びっくり眼のまま、なにやら考え込んでしまう。


 たしかにこの時代の人間からしたら、貴族のお嬢さまが自らパントリーやキッチンに足を運んで薬(お茶なんだけど)を用意するなんて、いったいなんの冗談だってぐらい変なことだと思うけど、まさかここまで固まってしまうなんて……。


 う、うーん……。もしかしてマズかったかな? しばらくはアデライードとしてやってかなきゃいけないことを考えたら、やめておくべきだった? でもなぁ、ショコラは甘すぎて苦手なんだよなぁ……。


 軽率だったかもと反省していると、リナがトレイを手に「お待たせしましたぁ」と戻ってくる。


「しっかり沸騰させたお湯とコーヒーポット、それと茶器ですぅ」


「ありがとう」

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