第56話 補習一日目
「部屋、どうでした?」
「まあ……落ち着かない感じかな」
「確かに、明るいですもんね」
「うん」
その日の午後、昼食を取った後、フェリシアとリードは合流してそんな話をしながら補習の部屋に向かった。
リードにはフェリシアの護衛という役割があるが、それに加えて深夜の周辺警備も担うことになった。なので一部屋しっかりと用意されていて、どのような部屋に泊まっているかはリードもわかる。
城の部屋に比べたら劣ってしまうが、普段フェリシアの部屋は薄暗くて装飾も控えめなので、落ち着かないという感想を持つだろうということもそれなりにわかっていた。
「リード、補習の間どうするの?」
「そうですね……今のうちに寝ておくつもりです」
「そっか」
「フェリシア様がどこか行くなら同行しますが、補習だけですよね?」
「うん。今日はどこにも行かないかな」
リードが深夜の警備担当になっていることはフェリシアも知っている。補習なんて何も手伝うことはないし、睡眠時間を削ってまでやってほしいとも思わない。担当になったことはしょうがないとして、フェリシアはリードを部屋に送り返した。
「さて……」
フェリシアは補習の会場になっている大きな広間に向かった。普段はパーティーなどを行うような場所だが、今回はここが補習の会場だった。
「あ、どうも」
会場に入ると、中には前回の補習でも担当だった教師がいた。
「また会いましたね。補習ですか」
「ええ。今回も、よろしくお願いします」
ただ、今回も補習対象なのはフェリシアだけだった。広い部屋にフェリシアと教師二人きり。なんというか、規模感がもったいないような気がして仕方ない。
「今回もきっと早く終わると思いますが、一応今日の分だけ渡しておきますね」
「ありがとうございます」
教師から補習課題を受け取り、フェリシアは早速取り掛かる。
内容は前回と被っている部分もあるが、基礎は大分省かれていて、法律と必修の魔法についてが主な内容だった。
法律に関しては、元々得意分野でもあるのですらすらと解いていく。
二日に分けて行う予定だったのもあって、課題の量は前回より少なく、早く終わりそうだった。それもあって、フェリシアは大分余裕な様子で課題を進める。
実際、法律の問題を解いていると、この国が意外と王に支配された国ではないことがわかる。
確かに影響力はあるし、政策や外交を指揮しているのは全て王だ。だが人口が増えるにつれ、王の力をもってしても国民全員の統率を執ることはできなくなってきている。そんな王に頼らずとも簡単なことなら小さな地区ごとに対応できるようにできた手順表のようなものが法律だ。それでも大きな政策や外交に関することは王しか判断できないとすることで、王の存在意義を保っている。
してはいけないと王がしっかりと定めることによって、抑止力にもなっているとも思える。
そのように人々が嫌でも従う存在なのだから、認められる存在でないといけない。
認められるような存在は、一言で言えば全員が憧れるような存在だろう。この人には勝てないと思わせるような才能とも言える。
フェリシアには確かに勝てないと思うだろうが、憧れはしない。逆にアーサーは人格や性格は評価されるが、勝てないとは思わない。どちらも足りていないから、どちらも正直後継者として怪しい。
「はぁ……面倒くさい」
フェリシアは思わずそう呟いてしまった。
一応それなりには認められてきた。でもそれは権力を持つ貴族たちとお互いに妥協点を見つけてなんとか決めたところで、正直そのまま行けばフェリシアは生きづらい人生を送ることになるだろう。
それは王族である以上仕方ないことだとわかっている。だからこそ、今は自由にやりたいとも思う。
「……よし」
色々と考えながらも、フェリシアは今日の分の課題を全て終えた。
「も、もう終わったんですか?」
フェリシアが立ち上がると、教師は少し驚いた様子でそう言った。
「ええ。前回ほど量はないみたいなので」
「そうですか……予想はしていましたけど、さすがですね」
「いえ。それでは、本日はこれで失礼しますね」
「はい。また明日」
短く会話を交わして、フェリシアは広間から出た。
だがフェリシアには行く先がない。部屋に行っても一人になれる保証はないし、他に行くところもない。しょうがなく自分の部屋に向かい、どうにか一息つこうと思って歩き出すが、やはり部屋では一人になれそうになかった。
フェリシアは部屋まで行く途中でミアと出くわしてしまうという気配を感じていた。
でも引き返すわけにもいかない。怪しすぎる。結局部屋には行かないといけないわけだし……
考えた末、フェリシアはしょうがなく部屋に向かうと決めた。
「あれ、フェリシア様、もう終わったのですか?」
予想通り、ミアと部屋の前で鉢合わせる。
「ええ。本日は時間も限られていたので、少なかったのです」
「そうだったんですね。でしたら、これから海に行きませんか? あまり暑すぎない気温で、ちょうどいいかと思うのですが……」
これを避けたかったのだが、もう断るわけにはいかなくなった。
「わかりました。行きましょうか」
そしてフェリシアはミアと共に、ホテル近くのビーチに向かった。
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