第55話 同室
そして卒業旅行当日を迎えた。
アンネ湾に到着すると、他の生徒たちは若者らしく楽しくなってテンションが上がっていた。
「海だー! ……なんて、やらないからね」
「別にやってもいいですけど」
「やらないし」
一方フェリシアは、それほどテンションが上がっている様子はない。むしろ落ち込んでいるまであるくらいだ。
「ほとんど補習の旅行でテンション上がるわけないでしょ」
「それもそうですね」
今まで旅をしていたので旅行に特別感はないし、卒業がかかっていなければ絶対来ていないだろう。
唯一話せるウィリアムも、学院では沢山の仲間に囲まれる人気者。フェリシアもわざわざ一緒に過ごすという感じではないし、ひとりぼっちになってしまう。
結局、リードを頼って寂しさを埋めるしかなかった。
一応、部屋割りが決まっていて、フェリシアも一人部屋ではない。だがその部屋のメンバーも知らない人ばかりでただ同性なだけだ。
どうにかそこで関係を築くしかないというのはわかっているが、王女という身分がそれを邪魔している。
フェリシアがどうしようかと考えていると、一同は一旦部屋に荷物を置きに行くらしく、班割り通りに集まっていた。
そこへ、フェリシアの方に向かってくる女子生徒が何人かいるのが確認できた。
それを察してリードはフェリシアから離れて、ロビーの端の壁際で見守ることにした。
「あ、あの、フェリシア様!」
「え、あ、はい」
心の準備ができないままだったので、第一声は変な声になってしまった。
「私たち、今回同じ部屋で……」
「そうでしたか。よろしくお願いします」
「お願いします。私は、ミアと言います。ミア・メイソンです」
「フェリシア・クラッチフィールドです。ミア、と呼んでもよろしいでしょうか?」
「あ、はい!」
フェリシアはすぐに切り替えて、王女としての立場を守りながらも少し砕けた感じで、印象良く振る舞う。ここを素の状態で行っていたら、どちらも失っていただろう。
「私のことはフェリシアと呼んでください」
「わ、わかりました! フェリシア様」
何も変わっていないが、敬称を付けないでいいほどまだ仲良くもない。今のうちはこれでいいだろう。
それからミアが、遠くから見ていた女子生徒を手招きし、フェリシアのもとに呼び寄せる。
「あ、えっと、は、はじめまして……! この度、同室になりました、リゼット・バロウズといいます……! よ、よろしくお願いします……!」
「フェリシア・クラッチフィールドです。よろしくお願いします」
「は、はい……!」
リゼットはおどおどした様子で挨拶をしてきた。フェリシアを相手にしているからなのか、普段からなのかはわからないが、とりあえずフェリシアはそういう人だと思って接することにした。
四人部屋らしいのでもう一人いるはずだが、その一人はどこにいるかわからない。
その一人を探してフェリシアがキョロキョロしていると、それを察してミアが説明する。
「もう一人いるんですけど……その子は無口で不愛想っていうか……なので、挨拶は難しいかもしれません」
「そうですか。お名前だけでもいいですか?」
「はい。あの子なんですけど、リネルっていいます。リネル・グレンジャー。おそらく、リネルで大丈夫だと思います」
ミアが説明しながら指さした先にいたのは、少し目つきが悪くて、確かに不愛想な女子生徒だった。その周りにはそこに壁があるかのように、全く人が寄り付いていない。
それでもミアが呼ぶと渋々ついてきて、四人揃って泊まる部屋に向かった。
今回の卒業旅行では期間中ホテルを一棟丸ごと借り上げていて、この周辺の中でもかなり眺望もいいところなのでよくそんなことができたという感じだが、安全を考えれば当然とも言える。
「ここが私たちの部屋みたいですね」
ミアがそう言って、ある扉の前で立ち止まった。隣の部屋の扉との間隔を見る限り、部屋はそれなりに広そうに見える。
それから四人はミアを先頭に扉を開け、部屋の中に入った。
「うわぁ……」
部屋に入ると、まず目に入ったのは大きな窓から見える青い海だった。
広くて明るいリビングには壁一面が窓になって海が見えるようになっていて、しかもその窓を開けるとバルコニーに繋がっていた。そこからは海の潮風が吹き込んでくる。
「すごい……」
「き、綺麗です……」
ミアとリゼットはそれぞれそう呟いた。
フェリシアは綺麗だとは思うものの、海を見るとドラゴンと戦った時のことを思い出して、どうしても素直に感情が出ない。
そしていつの間にかリネルがリビングから区切られた寝室に行っていて、それに気づいていたのはフェリシアだけだった。
フェリシアが気になって覗きに行くと、その寝室でリネルは何をするわけでもなく、壁に寄りかかってボーっとしているようだった。
「あの……」
「……あなたのことは知っています。自己紹介は不要です」
「そうですか」
「きっと、私のことも紹介されていますよね?」
「ええ、名前くらいですけれど」
「まあ、それ以外に私を紹介するものはありませんから」
名前と家柄くらい、とリネルは言った。
「少しの間ですけれど、よろしくお願いします」
「お願いします」
二人は挨拶を交わした。
「あ、あの、もしよろしければ……魔法、見せてもらえませんか?」
「えっ?」
「その……あの時、フレデリックに圧勝したとは噂になっていたんですけど……」
「見れなかったから、見てみたい……ということですか?」
「そうですね。すみません、こんなこと。初対面なのに」
「いえ。ですが、今の私は望まれるようなものができないと思います。病み上がりなので」
「なるほど。回復をお祈りします」
「ありがとう」
フェリシアはなんとかリネルの頼みを断ったが、それは別に気分だとかリネルのことが嫌いだからというわけではない。
まずその魔法を見せる場所が周辺にない。次にまだフェリシアはドラゴンソウルで増えた魔力に慣れきっていない。最後に、強力な魔法は強力な魔物を引き寄せる可能性があること。主にこの三つの理由から、フェリシアは上手く断ることを選んだ。
ちなみに、病み上がりだからといって上手く魔法が使えないわけじゃないし、増えた魔力に慣れなくても十分使っていける。
「っていうか、結構話せるのですね。もっと無口な感じだと思っていたのですが」
「それは……あなたに興味があったから。興味があったから話した。それだけです」
「そうですか」
そう言われると、断ったことが少し申し訳なく思えてくるが、フェリシアはしょうがないと割り切った。
「あ、こっちにいたんですね」
話が終わるのを見計らっていたかのようにミアとリゼットが寝室に入ってきて、ミアがそう言った。
「あの、よかったら、あとでみんなで海行きませんか?」
「えっと……」
補習だからそのような時間があるかわからない。だが、それを理由として言うべきかとフェリシアは悩んで、そう言葉を詰まらせた。
「別に、嫌だったらいいんです。他の方との予定もあると思うので……」
「いえ。そのようなわけではありません。ですが……私には補習もありますし、そのような時間があるかどうか……」
「なら、もし時間があれば、よろしくお願いします」
「ええ」
きっと早く終わるだろうからそう言っておいたが、行きたいかと言われれば行きたくないといったところだった。だが印象を守るためには仕方ないとも思い、一応想定はしておこうとフェリシアは考えておくことにした。
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