第54話 卒業旅行

 着替えたフェリシアとリードは、早速王の部屋に向かった。


「フェリシアです」

「入れ」

「失礼します」


 フェリシアとリードが中に入ると、待ち構えていたかのように部屋の中には国王・イーノスとウィルの父・セレスティンがいた。


「来たか。もう体は大丈夫なのか?」

「はい。問題ないです」

「よかった……実は心配していた。だが同時に、そのような心配はいらないとわかっていたんだがな」

「そうですか」


 しばらくは会う人全員とこんな会話をするんだろうなとフェリシアは思った。


「先ほどは申し訳なかった。最近、フェリシアの話になるとアッシュはなんだかおかしくなる」

「そうなんですか」

「確かに体調が悪かった時はあったが、それはフェリシアのせいではない。医者からもそう言われているので確かだ」


 つまりアッシュは、根拠もなくフェリシアのせいにしてきたということだ。


「むしろ、あそこで素直に感謝でもされたら逆に心配になる」

「まあ……そうかもしれない」


 珍しく、イーノスから笑みが零れる。


「それで、それを言うためだけに呼んだわけじゃないですよね?」

「もちろんだ。ここからは真面目な話。ここまでとは割り切って話す」


 そう言って、イーノスの顔は険しくなる。それによって空気が一気に張りつめて、緊張感が漂う。


「フェリシア、お前……ドラゴンソウル……だよな?」

「うん」

「リーチ、だよな?」

「そうですね」


 フェリシアがそう答えると、イーノスはため息を吐いた。


「もっと早く、止めておけばよかった」

「何それ」

「もっと早く止めておけば、こんなことには……」

「は?」


 辛うじて使っていた敬語も、もう無くなっていた。それくらい、フェリシアはアッシュに対するものとは違った怒りをこみ上げていた。年齢相応の反抗期にも近いものだが、これこそいつものこととも言える。


「だってそうだろう? 依頼など受けていなければ、少なくともこんな危険に巻き込まれることはなかった」

「でも、あたしがいなかったら、ライアン王国は……」


 そこまで言って、フェリシアは黙ってしまった。


「どうした?」

「そっか、意味ないんだ……」

「え?」

「あたしのせい……なんだ」


 急に何かに気付いて、フェリシアは俯いて自分の手のひらを見つめた。


 フェリシアは自分の手のひらを見つめながら、あの日のことを思い出していた。


 あのドラゴンは、ライアン王国に向かってきたドラゴンではなく、フェリシアに向かってきたドラゴンだ。それを仕向けたのは、聖王アルフォンソ。だがその理由はおそらくリードにあり、同時にそれを理由としてここで述べることはできないとフェリシアは思った。


 リードに関して過去に起こったことは知っているだろうが、リードのせいで危険な目にあったと分かれば、もうフェリシアはリードと一緒にいられなくなる。


 少し離れていただけでも寂しさを感じていたのに、そんな状況になればフェリシアはどうなってしまうだろうか……


「思い出した。あのドラゴンは、あたしに向かってきたドラゴンだった」

「何を言っている?」

「聖王は黙っちゃいない。それは他の地域も同じ。あたしが死ぬようならそれでいいし、生きるようなら面白い。そういう意図が感じられた」

「フェリシア……?」


 フェリシアはイーノスの質問に答えず、話を続ける。


「きっと、父上が止めていても、ドラゴンは襲ってきた。おそらく、旅に出ていなければ、四六時中警戒していることも、瞬時に戦うことも、できていなかったと思います」


 言い切った感を出して、フェリシアはイーノスと目を合わせた。


「事実……のようだな、その様子だと」

「ここで嘘をつく必要はないと思いますけど。アリアノール様に確認してもらってもいいですよ?」

「いや、そこまで言うならいい」


 その自信あり気なフェリシアを見れば、イーノスにはそれが事実だとわかった。


「あと、もう一つ話がある」

「ん?」

「今度、学院で卒業旅行がある」

「行けってことですか?」

「ああ。フェリシアの場合、行かないと卒業できないと聞いている」

「なるほど」

「おそらく、補習だろう」

「あぁ……そういうこと」


 補習をやる時間がないから、卒業旅行でやろうという話になったのだろう。元々いつ意識が戻るかわからなかったから、ギリギリまで後ろにしただけだと思うが。


「リードはどうなるんですか? 同行して問題ないですか?」

「ああ。必要ないとは思うが、王女の護衛役という名目で、問題ないと思う」

「よかった」

「リードがいればいいのか?」

「だって、行かなきゃ卒業できないんでしょ? 一応私にだって、プライドはありますから」


 ただ、リードがいない寂しさはあまり耐えられない。


「わかった。じゃあ、話を進めていいな?」


 フェリシアはイーノスの問いに頷いて答えた。


「で、卒業旅行ってどこ行くんですか?」

「確か……アンネ湾」


 このクラッチフィールド王国はライアン王国と同じように海に面していて、ライアン王国とは隣り合わせという位置関係だ。


 そして、アンネ湾とはその海に面したリゾート地だ。多くあるリゾート地の中でも、貴族のような裕福な人々がよく訪れる場所。暑くなり始めたこの時期にはちょうどいい旅行地だし、フェリシアが通う学院に相応しい場所だ。


「行くのは初めてか?」

「多分……」

「補習でそんな時間はないかもしれないが、楽しんで来い。だが、くれぐれも聖獣を倒したりするなよ? フェリシアが聖王への挑戦権を獲得したとなれば情勢が一気に変わる」

「わかってます。でも、仮に聖獣が襲ってきたとして、黙って見ているわけにはいかないと思いますけど」

「そんなこと都合よく起こるわけないだろ」

「ですが、ドラゴンを送り込んでこられるくらいですよ? 何があってもおかしくないかと」


 そして仮に聖獣が現れた時、対応できるのはフェリシアだけだ。フェリシアが何もしなければ、貴族の子孫たちが多い生徒たちが次々に命を落とすことになるだろう。


「その時は……リードに任せる。どうにかしろ」

「私ですか?」

「ああ。ライセンスは最高位だろう? どうにかできるだろう。それこそ、護衛でもある」

「……わかりました」


 リードが取ったライセンス通りの力を発揮できるのは夜だけだ。だが、リードのことを多少は知っているであろう敵が、わざわざその強い時間に仕掛けてくるとは思えない。


 おそらく、リードでは対応できない。


 でもそれを理由として言うことができないので、リードは仕方なく引き受けた。


「そういえば、ウィルは行くんですか?」


 フェリシアは、部屋の後ろの方で見ていたセレスティンにそう聞いた。


「ええ、もちろんです。卒業旅行ですから」

「そうですか」

「お力になれることがあれば、ウィリアムのことも頼ってください」

「ありがとうございます」


 だがおそらく、ウィリアムにできることはリードが全てできてしまうだろう。


「……陛下、そろそろお時間です」

「そうか。じゃあフェリシア、準備しておけよ」

「はい」


 そしてイーノスは部屋を出て行った。

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