3 卒業旅行
第52話 起床
フェリシアが昏睡状態になってから、約三十日が経った。
聖王アリアノールに下手に衝撃を与えなければ死ぬことはないと言われていたが、家族はとても心配していた。仲間たちは信じていたのであまり酷く心配する様子はなかった。
「ん……あ……」
フェリシアは今日、目を覚ました。
「ここ……は……あたしの部屋か」
ゆっくりと体を起こし、辺りを見回す。
そこは何の変わりもないフェリシアの部屋。部屋には他に誰もいない。
「あたし……そっか、気失ったんだっけ。きっと一日どころじゃないよね……」
まだ頭が起きていないが、体は随分と楽になっていたフェリシアは、伸びをしながらベッドから降りて、クローゼットから着替えを探し始める。
「うーん……さすがにボロボロになって捨てられたかなぁ……」
クローゼットにいつもの服は無かった。
その時、勢いよく部屋に近づいて来る人物の気配を感じた。
扉の方に目をやると、感じた気配の通りにリードが勢いよく部屋に入ってきた。
「フェリシア様……よかった……」
あまり心配していなかったとはいえ、普通に何事もなかったかのように動いているフェリシアを見てリードはホッとしていた。
それを見て心配をかけていたことを悟ったフェリシアは、もう大丈夫だと示すためにいつも通り振る舞うことにした。
「リード、あたしの服ってどうした?」
「服、ですか?」
「うん。ここに無いんだけど」
「なるほど……探しておきます」
「ありがと」
とりあえずフェリシアは、王女として公式の場に出る時に着る服を着ることにした。そういう服なので汚せないし、丈の長いワンピースなので動きにくい。フェリシアからすれば最悪だが、周りから見れば普通の王女に見える。
「着替えたよ」
パーテーションの奥で着替えてそう言いながら出ると、そこにいたのはリードではなくエミリアだった。
「あれ、いつの間に?」
フェリシアがそう言うと、エミリアもリードと同じように胸をなでおろしていた。
「やっぱり、心配かけちゃったか。ごめんね」
「いえ……フェリス様は強いですから、心配などしていません。意識が戻って嬉しかったんです」
「そっか。ありがとね、エミリア」
アリアノールが大丈夫だと言ったのもあるだろうが、信じてくれているのがフェリシアはどこか嬉しかった。
そこに、フェリシアが目を覚ましたことを聞きつけた家族たちが向かってくるのを、フェリシアは気配で感じた。
「姉上……よかったです」
弟のアーサーが今にも泣きそうなのを堪えながら、部屋の前でそう言う。だが、アーサーが来たので扉は開かれていてもアーサーはそれ以上近づいて来ようとはしなかった。
そんなアーサーを慰めようと部屋から出ると、アーサーが来た方向とは反対の方向から両親が歩いてきていた。
「フェリシア……無事みたいだな」
「まあ……死にかけていたというよりは、ただ疲労回復で寝てただけだし……」
「そうか」
何というか、ここまで反対続きだったのもあって、フェリシアは少し強がるようにそう言った。
確かに気を失う瞬間は死ぬかと思っていたが、今思うとただ寝ていただけだった。嘘は言っていない。
「フェリシア、何なのその言い方は」
フェリシアの母・アッシュが、フェリシアを睨みながらそう言う。
「心配していたのよ、みんなあなたのことを……陛下は体調を崩されて、聖王様もお見舞いにいらっしゃって……」
「別に……だから何?」
「は……!?」
フェリシアは相変わらずアッシュのことが嫌いだ。
心配していただとか、体調を崩しただとか、だから何だ、何を求めている? としか返す言葉はない。口ぶりからしてアッシュ自身は何とも思っていないようだったし、父・イーノスも気に留めていなかったように見える。
「まあまあ、そこまで言わなくても。特に気にしていない。むしろ、いつも通りで安心している」
「ですが、陛下は国王であり父親なのですよ?」
「フェリシアも意識が戻ったばかり。今は休ませてあげるべきだ」
そう言われてしまうと、アッシュは何も言い返せない。イーノスがそう決めたのなら、もうそれを変える力はない。
「フェリシア、少し落ち着いたら部屋に来い。話がある」
「わかっ……りました」
フェリシアの返答を聞くと、イーノスは自室に戻っていった。アッシュもフェリシアを鋭く睨み付けながらも、イーノスの後を追って去っていった。
「母上……私にはあんな表情見せたことないのですが……」
「まあ、アーサーは優等生だからね。男の子だし。あたしなんかが王になるよりって思ってるんじゃない? よくある話だと思うよ」
「そう……なんでしょうか」
アーサーは俯きながら、今にも泣き出しそうな雰囲気を醸し出していた。
「どうしたの? 何で泣くの……」
フェリシアはそう言いながらアーサーの前に立って少し前のめりになる。
「何で姉上がこうも酷い目に遭わないといけないんですか……?」
「えっ……」
アーサーはフェリシアにそう言った。
フェリシアにしてみれば、酷い目に遭っているという意識はなかった。当然と言えば当然の扱いで、少なくとも昔のアーサーに比べればマシ……というくらいに思っていた。
「魔法の才能もあって、強くて、賢くて、優しくて……そんな人がダメなら、誰が国王なんてなれるんですか」
「落ち着いて」
「私は……もう……よくわかりません」
姉も母もいい人だと信じたいという気持ちに挟まれて、アーサーは上手く表現できない気持ちを抱えていた。
相対する二人なので、どちらかを信じればもう一方は悪い方になってしまう。だが母の悪い顔をその目でしっかりと見てしまって、気持ちはフェリシアの方に傾きつつある。
フェリシアはそれを利用しようと思ったのか、ただ弟を思っているのかわからないが、涙を見せるアーサーを抱きしめた。
「ありがとう、アーサー。あたしのことを、そこまで考えてくれて」
「姉上……」
「でも、あたしはみんなが思うような王女じゃない。だから相応しくないと思われて当然だし、母上は王妃として正しい行動をしてる」
まあ、産んでおいてその行動をするのもどうかと思うが。
「でもやっぱり、嫌だとは思うから、あたしはそれ相応の対応をする。それは母上だけじゃなく、父上に対しても同じ」
それが、さっきの対応だ。
「アーサーは複雑かもしれないけど、これはあたしが望んだ状況だから。気にしなくていい」
「姉上……が望んだことなら、私が口を出すことはできません……ね」
「……ごめん」
「いえ、私は大丈夫です。姉上は強いんですね、耐えることしかできなかった幼い頃の私とは違って」
アーサーは今まで自分が受けたようなことを今フェリシアが受けていると思い、少しでも力になりたいと思った。でも、フェリシアには必要なかった。
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