第48話 嫌な気配
それからフェリシアは、珍しくノアに魔法を教えた。
まあ、ほとんど教えていたのはアメリで、フェリシアは見ているだけだったが、他にやることもないことからいい暇つぶしにもなったと思った。
そして夜になり、フェリシアはアメリと夕食を取った後、お茶とお茶菓子を広げてノアも含めて三人でいわゆる女子会的な雰囲気になっていた。
「結局、フェリシアはウィリアムのことどう思ってるわけ?」
「どうって?」
「許婚だけど、親が決めた関係じゃん? だから、実際のところ……好きとか嫌いとか」
アメリはフェリシアも考えないようにしてきたことを聞き出した。
「ウィルは、召使い以外なら一番あたしのことをわかってくれてるって思ってる。でも、それは許婿だからって思うと、なんか……ね。友達としては好きだけど……そんなもんじゃないかな、許婿なんて」
「まだ好意的なだけいいんじゃない?」
フェリシアの一言に、ノアがそう付け足す。
「じゃあリードは? 禁断の恋……じゃないけど、叶わぬ恋みたいなのあるじゃん?」
「アメリ、お酒飲んでる?」
「飲んでないよ」
「いつの間にそんな恋の話を……ほんとに森で狩猟暮らししてたのかよ」
「深夜の街には行ってたからね。文化はちゃんと抑えてるよ」
何も知らない子供のまま時が止まっているわけではない……ということか。ややこしいし厄介だ。
「それで、リードのことは?」
「リードは一番あたしのことを理解してくれる人だと思ってる。でもそれは仕事として、だから。仕事だから、理解してくれる。あとはウィルと同じ。まあ、小さい頃からずっと一緒だったから、離れると寂しいとかは思うけど……そういうのじゃない」
「そっかぁ……」
何でそんなちょっと悲しまれないといけないんだか……とフェリシアは不満を零す。
「じゃあ、アメリはなんかいないの? 好きな人」
フェリシアは仕返しと言わんばかりにアメリにそう聞く。
「うーん……まだリードとウィリアムしか異性に会ってないし。そもそもアメリは人を好きになれない。だから人の恋愛で満足しようとしてるわけで……」
「確かにそうかもね」
グールであって、それを悪だと思うアメリは、恋愛の先にあるものを避けようとする。だから恋愛なんてしないと考えているのは納得できた。
同時に、これ以上聞かない方がいいと思った。
「じゃあ、ノアは?」
フェリシアは傍観者だったノアにも流れ弾をぶつける。
「私はまだ子供だし……」
「好きな人と結婚しなさいって方針なんでしょ? 好きな人くらいいないの?」
アメリは追い討ちをかけるようにそう聞く。
「いないことはないけど……そういうのじゃないっていうか……」
「どういう人?」
興味津々にアメリは前のめりで質問を続ける。
「が、学院の人だけど……」
ノアがそう言うのとほぼ同時に、フェリシアが何かを感じて立ち上がり、窓の先を見つめた。
「どうしたの? フェリシア」
「いや……なんか……嫌な気配を……」
「嫌な気配?」
フェリシアがそれを感じる時は、大抵悪いことが起きようとしている時だ。
……あれ試してみよう。
フェリシアは手のひらの上に黒い球体を作り出し、それを気配を感じた方向に投げた。その球体は窓も城壁も突き抜けて、遠くに飛んでいく。
その球体はフェリシアの魔法で作り出したもので、フェリシアと視界を共有できる球体だ。フェリシアは今日ノアの魔法を見ながら日向ぼっこをしている間に、この魔法を考えついた。
そしてこの球体を使ってフェリシアはその気配の正体を探った。
「……!?」
「どうしたの?」
「……ドラゴンだ」
「ドラゴン……?」
「国を襲おうとしてる。このライアン王国を」
「えっ!?」
信じられないだろう。だが、それは事実だった。
フェリシアがそんな嘘をつくはずがないとわかっているから、ノアもアメリもどうにか信じようとする。
「ドラゴンって、」
「聖獣。三種類のソウルを集めると聖王への挑戦権を得る。その一つ」
フェリシアとしては倒したかった魔物だが、望んでいたわけではない。
「体長は平均値。だけど平均値がかなり大きい。当たり前か」
そこまで言うと、フェリシアは球体を消して目を開ける。
「どういう状況?」
「海の方から。もうすぐ港の街に襲い掛かられてもおかしくない」
海はアリアノール城とは反対側にある。ライアン王国は海に面している国でもあるので、別におかしなことではない。
そしてその海の向こう側は別の国。別の聖王が治めている地域。何でドラゴンが飛んできたのかわからないし、ドラゴンの種類が地方ごとに違うのなら対応できるかどうかわからない。
「ノア、広原とかってある? できるだけ海の方」
「あるよ。山脈の麓に広くて何もないところ」
「じゃあそこで戦う」
「た、戦う!? ドラゴンと!?」
「うん。そうだよ」
「な……何でフェリシアが……」
理由はわかっているが、ノアは受け入れることが出来なかった。
「あたししか対処できないでしょ? 今この辺にいる人の中で、一番強いのはあたし」
「そ、そうだけど……」
仮にドラゴンだとして、フェリシアしか対処できないとして、それでも危険なところにフェリシアが行くことが、ノアは心配で仕方なかった。
「ノアは王に話を通して。すぐに街の防衛体制を整えさせて。アメリはギルドとかに協力して、防衛の手伝い。くれぐれもついて来ないこと。本当に、誰も来ないでほしい」
よろしくねと言ってフェリシアは窓を開け、縁に足を掛けて踏み切り、ドラゴンの方に飛んでいった。
誰も止める暇などなかったし、止められるほどの力もなかった。結局は誰かがやらないといけなくて、それにはフェリシアが一番適任。本人がやると言っている以上、誰にも止める権利は無かった。
何も言えないままフェリシアを見送ったノアとアメリは、すぐに王の元に向かった。
「お父様! お時間よろしいでしょうか」
「何だ?」
王は広間でくつろいでいるところだったが、急にノアが飛び込んでくることなどほとんどないため、何かあったのだろうと耳を傾ける。
「フェリシアが……ドラゴンが近付いてるって」
「ドラゴン?」
やはり王は信じていないようだった。当たり前だ。
そこにさらにギルドマスターの側近と呼ばれる人物が入ってきて同じことを言うまで、王は信じようとしなかった。
だが、ギルドマスターにまでそう言われたのなら、信じる以外無いだろう。
「ギルドとしてはどうするつもりだ?」
「街を守るための防衛体制を整えます。根本的な対処は、陛下を通じて聖王様に……」
「わかった」
王は話を聞きつけて入ってきたジョージに、アリアノールの城に行って話をしてこいと指示をした。これでアリアノールの元に話が伝わるだろう。
「そういえば、そのフェリシアは今どこに?」
「ドラゴンの方に……」
「えっ!?」
「今対処できるのは自分だけだからって」
「馬鹿か……?」
フェリシアの魔力の膨大さは会ってわかったが、それでもさすがに聖獣の中でも強い部類にあるドラゴンをどうにかできるような力はないと思っていた。だが、王が知っているフェリシアの魔力量はほんの一部にすぎない。実際のところ、倒し切りさえすれば魔力量は格段に増えるためキツネズミのソウルを気にする必要はない。ならば本当に全力で挑むことができる。それを考えると、倒せない相手ではない。
それをフェリシアはわかっているし、だからこそ倒したいと思っていたわけだ。それで自分が楽になるのなら、それに越したことはない。
「とにかく、ギルドとしての準備を進めますので、私はこれで」
そう言って去っていくギルド関係者にアメリは手伝いをすると言ってついて行った。それに続いてノアもフェリシアのことを少しばかりは知っているという点で何か手伝えることがあればとついて行った。
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