第47話 三日後

 中庭に向かうと、そこにはノアとアメリがいた。


「フェリシア、起きたんだね」

「いやぁ……ちょっと寝すぎた」

「ちょっとじゃないと思うけど」

「いや、ちょっとでしょ」


 昼まで寝てしまうことがあるのなら、それと寝ている時間は同じなのでまだ『ちょっと』の範囲内だとフェリシアは思ったが、アメリはそうではないのだろうか。


「ちょっとじゃないよ、三日間なんて」

「三日間!?」

「そうだよ、三日間。気付いてなかった?」

「うん。……そりゃ、ちょっとじゃないね」


 まさか三日間も眠っていたとは思わなかった。それにしてはちょうどよく朝に起きたものだが、なんというか、よく三日間も起こされずに眠り続けたな……とも思った。


「でも、ちゃんと目が覚めてよかったよ。このまま眠り続けるかと思った」


 ノアがとても安心したようにそう言った。


「別に起こしてくれてもよかったのに」

「起こそうとしたんだけど……フェリシアの魔法の膜がずっと張られてて、声をかけることしかできなかったんだよ?」

「そうだったんだ……それはごめん」

「いや、別にいいんだけど……だってそれはフェリシアが自分の身を守るためのものでしょ?」

「無意識だからなぁ……それくらい爆睡してたんだろうけど」


 自分でも無意識のうちに魔法を使っていたということは驚きだった。回復量的に問題ないとはいえ、その分魔力も消費するだろうし。これもリードがいないという不安感からなのだとすれば、かなり問題がある。リードだって、ずっといるわけじゃない。


「フェリシア、疲れてたんだよね。ごめんね、今まで無理させて」

「大丈夫。無理はしてない」


 嘘でもそう言っておかないと、ノアたちに心配かけるわけにはいかない。


「それで、わざわざ中庭に来てって、何かあるの?」

「あ、それはその……」


 ノアがそこまで言うと、中庭の奥から出てくる人影が見えた。


「話は終わったか?」


 一瞬誰かと思ったが、そう言いながらフェリシアの前に立ったのはジョージだった。少し会っていないだけで少し雰囲気が大人になったというか、子供っぽさが抜けたような感じがした。


「何? 用があるのはジョージ?」

「ああ。そうだ」

「じゃあ何の用?」

「勝負だ、フェリシア・クラッチフィールド!」

「え?」


 リベンジをしようとでも思っているのだろうが、雰囲気が大人になったとはいえノアほどの魔力量の成長は見られない。前に戦った時は持てる魔力でできる最大限のことをしていたように思える。魔力量がほとんど変わらないのなら、できることも同じ。元々勝てるはずのない相手だというのに、変わらない面白味のない勝負をする気にはならない。


「何言ってるの?」

「だから、勝負を……」

「まさか、勝てると思ってるわけ? 何か新しい策でも?」

「ああ。新しい策がある。自分がどれだけやれるのか……それを試したい」


 新しい策、つまり新しい魔法が使えるようになったということだろうが、フェリシアにとって面白いかどうかはわからない。少なくともフェリシアが苦労するようなものもないだろう。


「……試したいって、あたしも暇じゃないんだけど。付き合ってられない」


 そう言うフェリシアに、ジョージは何も言い返せなかった。


「ここにいたんですか、ジョージ様」


 静寂を破ったのは召使いの声だった。


「な、何?」

「レイナ様がお見えです」

「今忙しい」

「そう言われても、もう来ちゃったんだよねー」


 そう言って顔を出したのは、正統派の清楚で純粋な令嬢を言葉のまま形にしたような少女だった。


「何で……まあいいや。フェリシア、お前が認めるくらいになってやるからな」

「……待たないからね」


 ジョージはそう吐き捨ててその場を後にしようとするが、レイナに腕を掴まれてそれは叶わなかった。


「この人たちは?」


 確かにレイナからすれば気になるだろう。だが言い方や視線が少し見下されているような気がして、フェリシアからの第一印象は良いとは言えない。


 国の爵位が高い貴族家の当主に王位を継ぐことにとやかく言われて見下されて散々だったのは、まだ自分の国のことで自分が忠誠を誓う君主となる人間のことなのだからしょうがないという理由で許せる部分もあるが、全く関係ない国の人間に見下される筋合いはない。召使いが『お見えになった』と言うくらいだから、王族ではないだろうし。


「クラッチフィールド王国のフェリシア王女。あと、その連れのアメリ」

「そう」


 ジョージから説明を受けると、レイナはフェリシアの方に近付いてくる。


 何をされるかわからないので、少し睨んだ上に魔力によって圧力をかける。


 レイナはフェリシアの魔力圧によって少し後ずさりしたが、さらに近くに歩み寄ってくる。


「初めまして。レイナ・クロスリーと申します。よろしくお願いします」

「えっと……」


 それで、これはどんな関係なのか……


「お兄ちゃんの幼馴染なの」

「なるほど」


 ノアの耳打ちのおかげで助かった。


 つまり、ほぼ許嫁のようなものだろうか。


「その……ジョージとはどのような関係で?」


 それはこっちの台詞だったが……とフェリシアは思いながら、それを聞いた意図を考える。


「ノアの家庭教師なだけ」

「本当に?」

「何がそんなに気になるの? 嘘つく必要ないでしょ」

「それは……」


 少し揺さぶりをかけてみる。やはり、フェリシアの思った通りなのだろうか。


「もしかして、そういうこと?」

「そういうこと……って?」


 ひっそりと確認するように、二人は疑問を投げかけ合う。


「好きなんでしょ、ジョージのこと」

「へっ……!?」


 耳元でフェリシアがそう言うと、レイナはあからさまな反応を見せた。


「大丈夫だよ。私もジョージも王位を継ぐ人間だから。結婚できないよ?」


 レイナの脇を通り抜けながらそう言い、振り返ってウィンクをした。


「ふぁっ……うぅ……」


 顔が赤くなりつつあるレイナは、ジョージの腕を掴んであっという間に中庭を後にした。


「あれは好きだなぁ……」


 フェリシアは去っていくレイナの姿を見送りながらそう呟いた。


「ノア、レイナって許嫁みたいな感じなの?」

「いや……特には。なんていうか、お父様は好きになった人と結婚しなさいっていう人だから」

「なるほど」


 フェリシアは少しうらやましくも思ったが、もし自分の父もその方針だったなら、人との関わりがほとんどないフェリシアにそう思うような人はおそらくいないだろうという考えに至り、逆にその方針じゃなくてよかったと思った。

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