第42話 刺客

「どうしたの?」

「いや……」


 急に雰囲気が変わったフェリシアにアメリがそう聞いた。


 確かにまだ距離は遠いが、速度を考えれば姿が見えるようになるのも時間の問題だ。


「もういいや」

「えっ?」


 まだアメリには何が起きているのかわからない。


「アメリ、今だけこいつのことよろしく」

「え?」


 フェリシアは鷹に今はアメリの言うこと聞いてねと声をかけ、紐の先をアメリに託した。


「フェリシア、どういうこと?」

「可能性がなかったわけじゃないけど、まさかあるとは思ってなかった。そんなことが起きた。三人は逃げて」

「ちょっと!」


 アメリが理解するより前に、フェリシアは転移魔法でアメリとノアとウィリアムとアメリに託した鷹を街の方に飛ばして避難させた。


「これでいい、よね」

「はい」


 感じていた気配が近づいてくることを感じて、フェリシアたちは地面を蹴って空中へ飛び出した。


「これは……」

「鷹の……群れ……?」

「みたいだけど……こんなにいるなんて言ってなかった」

「そうですね。さっきまではこれほどいるなんて感じませんでしたし……ギルドが嘘をついているわけではないでしょう」


 二人はそう言いながら、向かってきていた二十羽ほどの鷹の群れをさらに観察していく。


「大きさはさっきのほど大きくない。種類もこの辺にいる感じの模様じゃないね」

「そうですね……おそらく、アイツら……インキュバスなどの魔人が住む地域の模様です」

「もしかして……」

「急に現れたので、どこかから転移させられてきたのでしょう。地域としては遠いですし、飛んできたわけではないので、私が過去に殺したインキュバスの仲間たちの仕業と考えるのが普通です」

「やっぱり……か」


 忘れていたわけではないが、可能性として考えていたかというと微妙なところになる。


「じゃあ、全部ぶっ殺していいってことだよね? あたしたちを襲いに来てるんだから」

「大丈夫だと思いますけど、なんというか……」


 リードの言いたいことは理解できる。フェリシアは普段から魔物をあまり殺したくないという精神で森に入っている。この鷹たちは人間に操られているだけだということもわかっている。


 だが今はそうも言っていられない。ここで逃せば、この辺の生態系に大きな影響を与えてしまうだろう。元の場所に帰すなんてこともできないし、帰したとてもう一度操られて投入される可能性だってある。そんなループをするくらいなら殺した方がお互いのためになるだろうし、そもそも帰すことができないのでループは発生しない。


 ルール的にも、今は完全に魔物が襲いかかってきている状況なので殺しても大丈夫な状況だ。


 これだけの要素があれば、フェリシアだって平気で魔物を殺す。


「アイツらって、ソウル発生したよね」

「はい。見間違えでなければ」

「わかった」


 魔物を殺すということは、魔物を殺した側にはソウルとして刻まれるものがある。それをわかった上で、ソウルを抑え込めるのなら殺してもいい。厳密にはルールにそう書かれている。いくら自分が危険でも、ソウルを抑え込めずに自分が危険なものになってしまったら元も子もないからだ。


「リードはどれくらい余裕ある?」

「半分くらいならいけます」

「わかった。じゃあ大体半分は任せたよ。キツくなったら無理せず言ってね」

「はい。ありがとうございます」


 リードも半分は余裕を持って抑えられるという意味でそう言った。フェリシアもそれはわかっているが、より余裕があるのはフェリシアなので、少しフェリシアの方に数は偏るだろう。


「フェリシア様は? 余裕ありますか」

「大丈夫。聖獣にちょっと劣るレベルだったさっきの鷹よりは格段に弱いから、あんなののソウルなんて微々たるものだよ」

「そうですか。フェリシア様も、無理はしないでください」

「ありがと、リード」


 フェリシアも魔法の種類によっては魔力を多く消費し、魔力増強剤を使わないと抑え込めない状態までになってしまうことがある。それを考えると、心配になるリードの気持ちもわかる。


 だが、魔力を持っているとはいえ聖獣ほどではないので魔力消費の多い大きな魔法を使うこともなければ、ソウルを抑え込むための魔力も大きくない。フェリシア的には十羽だろうが二十羽だろえが問題はなかった。


「じゃあ、行くよ!」

「はい」


 二人は息を合わせて鷹に向かって飛んでいき、距離を詰める。


 フェリシアは弱めの魔法を使って鷹を引きつけてリードの負担を減らそうとしたが、鷹たちはその魔法に気付いていないのか、全くフェリシアに見向きもせず横を素通りして行った。まるでフェリシアはいないかのように。


 いや、魔法もわずかではあるが確実に入っていたし、フェリシアのことも避けて行っていることからフェリシアがいないわけではない。ただ眼中にないのだろう。


 おそらくこれは操っている人物がリードだけを狙うように指示したのだろうが、リードだけを狙っていてもフェリシアがいる限りフェリシアが対処できてしまう。しかもその場合フェリシアは自分を襲う人物がいないので簡単に魔法を放つことができる。


 それもそれで意味がわからない。何を勘違いしたのか……


 例えば、フェリシアとリードの気配にかき消されてアメリ、ノア、ウィリアムの気配に気付かずに、フェリシアは鷹の紐を持っていないといけないから思うように動けないと判断した……だとか。


 仮にそうでも、フェリシアが魔法を使えない状況ではないので結果は同じなのだが。


「あたしを無視するなんて、度胸あるじゃん?」


 フェリシアはそう呟き、リードの方に向かった鷹たちの後を追った。


 飛行速度はフェリシアの方が速く、あっという間に追い越すと、リードの元に向かう。


 リードは思っていた以上の鷹が向かってきたことから逃げながら魔法を放っていたが、鷹に効果があるようには見えない。


 フェリシアは追い詰められつつあるリードを助けようと、リードに一番近い鷹の群れの先頭に向けて大きな雷撃を落とした。


 その電撃は真っ直ぐ鷹に命中し、鷹を黒焦げにする……かと思いきや、電撃は何かにぶつかって弾けてしまい、ほとんど当たっていなかった。


「硬すぎる……」


 その何かというのは魔法の防御膜なのだろうが、フェリシアの本気でないにしろそれなりの出力があった電撃をほとんど防いでしまったというのは驚きの硬さだった。


 おそらく、魔力を全てそこに注ぎ込んでいるのだろう。ただ、あの鷹たちの魔力量で長く維持するは不可能なので、操っている人物の近くに持つ魔力を全て注ぎ込んだ防御膜を張っている奴がいるのだろう。


「本気で来いってことだよね。舐められたもんだなー」


 フェリシアは理解した上でそう呟き、どこかから取り出した魔力増強剤を少し口に放り込んだ。


 そしてすぐにフェリシアはリードの方に向かって行き、リードの腕を掴んで鷹との距離を一気に離した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る