第41話 空中戦

 ギルドマスターとの話し合いが行われた翌日、フェリシアたちには要望していた日の翌日になら実行できると連絡があった。フェリシアはその日程で行うと返し、準備を開始した。


 そうは言っても、大して準備することはない。魔力増強剤の在庫もまだ残っているし、新しくそろえないといけないものはない。


 そこでフェリシアたちは、鷹の生態について図書館で調べることにした。単なる暇つぶしだったが、何も役に立たない知識ではない。


 通常の大きさから十倍と考えると、人間の五倍の大きさがある鷹ということになる。普通でも子供くらいなら連れ去ってしまうパワーを持っていることもあるというのに、それが十倍になればひとたまりもない。


 魔法による防御膜があるからまだしも、それをずっと維持しておけないノアは危険だろうし、ウィリアムが維持し続けられる時間も無限ではない。アメリはおそらく魔力回復量が上回るから大丈夫だろうけど。


「あとで言っておこう」


 今アメリにはノアの魔法練習に付き合ってもらっている。ウィリアムも一緒だ。


 図書館にいるのはフェリシアとリード。主に二人で鷹は解決しようとしている。



 そして当日の夜になり、フェリシアたちは鷹が確認されていた森に入った。


 一番近い街と農村にはギルドによる結界が張られていて、被害が出ないようにしてあった。森を覆うように結界を張ればいいとも思ったが、空を飛ぶことができる鷹が今どこにいるかわからないので、森に結界を張ることはできなかった。


「アメリ、アメリってさ、飛行魔法使える?」

「飛行魔法? 飛ぶってこと!?」

「そう」

「ムリムリムリムリ! 飛ぶなんて魔力量減りすぎて死んじゃうよ」

「そっか」


 期待はしていなかったが、さすがにできないようだった。


「なら、咄嗟に小さい結界張れる?」

「咄嗟って? どんな時?」

「襲われた時とか」

「あー、そんなんならできると思うけど」

「じゃあ、もし何かあったらノアとウィルのことよろしくね」

「え、あ、うん。わかった」


 フェリシアはアメリにそう頼んだ後、今回の作戦のようなものを話し始める。


 今頃話すのかと思われてしまいそうだが、誰が聞いているかわからないようなところで話すのはあまり良くないし、シャットルワースギルドの人たちも完全に信用したわけではない。今回は特に、魔物が強いことがわかっているのでここで刺客でも来られたら困る。


 今この森に刺客がいるのなら、もう何を話していても関係ないだろうし。


「あたしとリードで鷹を捕まえる。三人は……まあ、見てて。あと、あたしたちに何かあったら迷わず逃げること。自分の身は自分で守ること。アメリ、頼んだよ」

「……わかった。できるサポートはするから」

「うん」


 そうは言うものの、アメリにできることはないし、やってもらうこともない。


「それじゃあ。行くよ、リード」


 そう言ってリードと息を合わせ、二人は地面を蹴って空中へ飛び出した。


「マジかよ……」


 アメリは驚きを通り越して引いていた。


 そんなことを知らない二人は、鷹の気配を探して飛んで行った。


 探すといっても、大体の場所はわかっている。


 そしてその場所に近づくと、鷹はフェリシアたちの魔力の大きさを感じて逃げ出した。鷹の移動手段は空を飛ぶことなので、フェリシアたちの狙い通りに鷹を空におびき出すことができた。


「待て!」


 フェリシアがそう叫んで鷹を追いかける。


 少し差が詰まると、鷹は振り返って甲高い声で鳴いた。それには魔力が込められていて、フェリシアが常時展開していた防御膜があったからよかったものの、なければ聴力を失っていただろう。それくらいの威力だ。


 その威力を感じながら、フェリシアは無理やりにでも鷹を捕まえようと速度を落とさずに突っ込んでいく。


「フェリシア様!」


 リードは危ないとも思ったが、もう止めることはできない。自分の限界は知っていると思うし、本当に無理なら突っ込んでいかない。リードはそう言い聞かせてフェリシアのことを信じた。


 そしてリードの心配をよそにフェリシアは鷹の首元に飛びつき、魔法で紐を繋いだ。


「よし……うわぁっ」


 フェリシアが少し安心したのも束の間、鷹は空中でバランスを崩して背面から地面目掛けて落下していった。


「フェリシア様!」


 リードは先ほどよりもさらに大きな声で名前を呼びながら、落下していくフェリシアの後を追って急降下する。


 この紐を繋ぐ工程は思ったよりも時間がかかり、フェリシアであっても一瞬ではできない。だから今は飛行魔法で体制を立て直すこともできないし、ここで離せば逃げられてしまう。


 地面に衝突する前にそれが終わるかは、微妙なところだ。


「っ……!」


 懸命に手を伸ばすリードの指先は、フェリシアのマントに少し届かない。


 しょうがない……か。


 リードは決心したような表情を見せた。


 直後、自分の体を安定させていた魔法を完全に解除し、さらにフェリシアに手を伸ばす。


 届いたっ……!


 リードの手はフェリシアのマントをつまみ上げ、わずかにフェリシアの体を浮遊させた。


 それによって落下までの時間が稼げたフェリシアは、紐を繋ぎ終えて自分と鷹の体を空中で安定させた。


「リード!」


 一方リードは勢いが増した状態で地面に向かっていく。


「リード! 任せて!」


 鷹を空中に浮かべているためリードにまで手が回らないフェリシアの代わりにそう言ってリードの落下地点に入ったのはアメリだった。


「アメリ、そこどけ!」


 リードは助けようとするアメリにそう言い放つと、地面に向けて何か魔法を発動させた。だが少し言うのが遅く、アメリは自分の魔法を止めることができなかった。


 そして重なるように発動したアメリの水柱とリードの魔力弾が真っ向からぶつかり合い、想定以上の力が発生した。


 その力によってリードの体はふわっと浮かび、落下速度を一気にやわらげた。そこで時間が稼げたリードは、飛行魔法をもう一度発動させて落下を逃れた。


「リード!」


 落下を逃れたリードにフェリシアは名前を呼んで飛び込んでいった。


「フェリシア……様……?」

「大丈夫……?」

「はい。ご心配なく」


 フェリシアはリードに抱き着いてそう聞き、リードの無事に一番安心していた。


 それから二人は地上に降り立つ。捕まえるまではあっという間の出来事だった。


「ありがとう、アメリ。助かった」

「いや……アメリが何かしなくてもよかったよね」

「そんなことないよ、ありがと」


 リードは自信を失いかけているアメリをそうフォローした。


「それにしても、早かったね。さすがフェリシア」

「ありがと」

「でも、無茶しないでよ? 今回は大丈夫だったけど……」

「大丈夫。あたしが死ぬ相手なら、誰がやっても死ぬ。心配しなくていいよ」

「……もーっ。心配して損した」


 少しでも役に立ちたいと思うアメリの気持ちを、フェリシアはすぐに消し去った。


「……ん?」


 直後、フェリシアは何か妙な気配を感じて辺りを見回した。


 さらにリードと鷹も気配を感じ取って反応する。


「何だ……?」

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