第38話 アメリ
「アメリ……は、辺境の村で生まれたんだけど、お母さんもお父さんもいなかった。理由は、わからない」
そこから始まるか……
「理由は色々あると思うけど、アメリは忌み子って言われて、閉じ込められて、殴られて、食べ物も腐ってた」
理由が何にせよ、酷いなそれは。
「それでも、アメリには魔法が使えた。アメリは村の誰よりも強い魔法使いだった」
おそらく理由はそれか。人並み以上の魔力を持った子供が生まれたから、これはきっと世界を破壊しに来たに違いない。とでも思ったのだろう。そんな話が昔話であったような気もする。
その昔話では、その子供が怒りのあまりその村を壊して逃げ出したが、世界は未だ続いている……という話だった。
結局、人にしたことは自分に返ってくる、みたいな教訓の話だったはずだ。あとは憶測で行動してはならないだとか、そういうものを伝える作り話。
「だから壊した。全部、全部……!」
作り話のはずだったが、その昔話とアメリの話が一致しすぎていて、フェリシアは珍しく驚いていた。
「でもアメリは子供だから、一人じゃ生きられなかった。しょうがなく、アメリは殺した村の人の肉を食べた。後からそれが、グールへの進化を遂げる行為だったと知った。もう、手遅れだったけど」
なりたくてなったわけじゃない。殺したくて殺したんじゃない。その考えはわからなくない。酷い仕打ちを受けたその報復と考えれば当然とも言える。
だが、村の規模はわからないにせよ、村が一つ消えたというのに全く話題になった記憶がないので、アメリのことは少なくとも二十年以上前の話とも思える。
「もしかして、アメリ……もうだいぶ大人……?」
いかにも幼女といった見た目をしていて、ツインテールを揺らしている。服も街で見たような最近のものだったから、グールになったのも最近のことなのかと思ったが、話を聞く限りそうではないようだった。
確かにグールは人間よりも寿命が長いとは言われているが、大人のまま年月が流れるものだと思っていたので、幼女姿で二十年も時が経っているとは普通考えないだろう。
「これでも年取った方だと思う。でも多分、フェリシアより上」
「そっか……」
やはり違和感でしかない。
「それで、話の続きは? まだグールになったところまでしか聞いてないけど」
「遮ったのはそっちでしょ」
「そうだったかも」
気を取り直して、アメリは話を続ける。
「それで、人の肉を食べたのは、その村の人たちだけ。全部食べ切って、それからは力を使わないように夜の涼しい時間だけ動いて、寝ている魔物を簡単に狩って食べてた。人間にも会わないようにって。元々忌み子なんて言われてたのに、グールになったら絶対殺される……って」
そんな生活をずっと続けていた方もすごい。とフェリシアは思った。
「まあ、少し夜の街で盗んだりはしたけど、目の前に現れるよりマシだと思う」
「確かに、そうだね。お互いにとって一番いいのはそれ。でも、それを大抵の人間は許さないだろうね」
「じゃあどうしろって……まあ、アメリが生きる権利はないってわかってたから、ここまで避けて生きてきた」
アメリは強く拳を握る。
「なのに、なのに……! 急に現れて、何もしてないのに攻撃してきた……! 向こうから来て、いかにも自分たちが被害者みたいに……!」
「そうだね……そりゃ、自分を守るために攻撃してくるよね」
「それは……フェリシアは悪い人っぽくないから、悪かったとは思ってるけど……その時はわかんなかったし……魔力量が今までと違ったから……」
「まあ、それはいいよ。今まで人間がしてきたことが悪い。そういうところあるから。いっぱい、見てきたから」
「見てきた……?」
ナーちゃんも、アルマも、ギルドから頼まれたことは大抵、危害を加えられるかもしれないから殺してこいといったものだった。フェリシアは見逃して誤魔化してきたが、他の人に渡った依頼はしっかりと遂行されてしまっただろう。
「本当はね、何もしてきていない魔物に危害を加えてはいけないってルールがあるの。でも……恐怖を受けたから危害に値するだとか、勝手に解釈して攻撃したりする人がいるんだよ。正当防衛だとかなんとか。ギルドとしても、個人の安全のためなら……ってそう言うしかなくて」
「そう……なんだ……」
実際それで剝奪された奴もいるが、それはごく稀なケースだ。せっかくの才能を潰すわけにもいかないという思いもあるだろうし。
「そういえば、何で最近になって急に夜人間が通るようになったの?」
「あたしはこの国の人間じゃないから知らないよ。でも、夜に列車を運行するようになったからじゃない?」
「列車……ああ、あの箱みたいな」
「そうそう」
そっか、アメリは列車を知らないと……
それもそうか。辺境の村に列車なんて通っているはずがないし、夜しか活動していなかったのだから、運行時間に見ることはない。
「アメリはどうするの? これから」
「えっ?」
「あたしたち、アメリのこと調査するように言われて来たんだけど……討伐しなかったらまた人が送られてくる。今度はあたしみたいに対話で解決しようだなんて思ってないと思う。でも今のアメリなら、あたしは絶対に殺さない」
アメリは少し考える。
このまま今まで通り暮らしていても、同じことの繰り返し。抵抗すればするほど、相手は戦力を上げてかかってくる。今の自分ならどうにかなるかもしれないけど、いつかは勝てなくなる。そんな未来が見える。
「このままじゃダメだ……っていうのはわかる。でも、もうアメリに居場所なんてない」
アメリはそう呟く。
「そんなことないよ」
「えっ?」
そう返したのは、フェリシアではなかった。
「ノア?」
ノアたちが追いついて途中から聞いていたことはわかっていたフェリシアも、ノアがそんなことを言うなんて少し驚いていた。また、その言葉に込められた意図がわからなかった。
「フェリシア、一緒に行くって……ダメかな」
「えっ?」
フェリシアはノアからそんなことを言い出すなんて思っていなかった。
自分でもその選択肢があることはわかっていた。だが、それにはリスクが伴う。見た目はほとんど人間だが、口を少し開ければ鋭い八重歯が見える。その時に毎回説明しないといけないし、その度に王女は恐るべき魔物を連れているのかと悪い印象を持つ人もいるだろう。フェリシアもノアも国のイメージになってしまうような人間。自分たちのことを考えれば、あまりいいとは言えない選択だと思う。
……でも、フェリシアはこのまま放ってはおけなかった。
「……わかった。一緒に来てもいい。でも、どうするかはアメリが決めて。アメリが殺してくれと言えば殺すし、ここに残ると言うのなら上手く誤魔化した報告をする。これはアメリの人生だから、アメリが選ぶ道」
アメリにとってフェリシアは、初めて優しくしてくれた人間だった。今まで酷い種だと思っていた人間にも、こんな人がいるんだとこの世界に希望を感じていた。
そんな人がくれた道。歩いてみるもの悪くない……かな。
アメリはそう決心した。
希望を感じたこの世界を変えるほどの力を持つフェリシアに、着いて行きたい。世界を知って、行く末を見たい。アメリが初めて持った願いだった。
「……アメリは……フェリシアと一緒に行きたい。フェリシアたちがいいなら、だけど」
そう言ってアメリは、四人の顔を順番に見た。
「まあ、フェリシアがいいなら俺はいい」
「あなたがリスクを考えていないはずがない。そう思うので、俺も大丈夫」
ウィリアムとリードもそれぞれそう言い、アメリはフェリシアの仲間に加わることとなった。
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