第37話 リードには敵わない

 そして夜になった。これでリードも力を十分に発揮できる状態になったので、何が来てもウィリアムとノアの二人を守り切れる。そんな地震があった。


 まず四人はシャットルワース王国へと向かう列車の始発駅までギルドの幹部によって飛ばされた。


 本来なら半日はかかるはずのところを一瞬で着いてしまったことによって、いかに転移魔法がすごいものかを感じることとなった。一度行ったことがある場所じゃないと飛べないというのは難点だが、それ以上の利点がある。


 魔力さえあればぶっ壊れた魔法だと思う。これが単なる移動魔法でよかったと思うくらいに。


「行くよ、」


 フェリシアの掛け声に全員が頷き、四人は始発駅から伸びるシャットルワース王国への道路を進んでいった。


 少し進むとすぐに森の中に入り、一層暗さが増していた。何もいないとわかっていても、多少の恐怖感はある。


 道路が整備されているだけまだマシ……とも言えるが。


「二人とも大丈夫?」


 フェリシアはウィリアムとノアにそう聞いた。無理に連れてきた部分もあったので、もう遅いかもしれないがとりあえずそう聞いてみた。


「大丈夫」

「……だ、大丈夫」


 ウィリアムは頼もしかったが、ノアはやはり少し怖がっていた。


「無理しないでね」

「いや、大丈夫」


 初めての国に一人で残されるよりはマシということか。


 それからさらに少し行ったところで、目撃情報があった場所の周辺にたどり着いた。


「この辺だけど……」


 辺りを見回しても、全くその気配がない。


 その時、フェリシアは急に高出力の雷撃が降り注ぐ気配を感じた。


「危ないっ!」


 その雷撃が狙っていたのは一番魔力が少ないノアだった。フェリシアはそれにいち早く気付き、振り返ってノアを抱えて跳んで避けた。


 フェリシアの予想通り、雷撃は先ほどまでノアがいた場所に降り注ぎ、地面に黒い焦げ跡と窪みを残した。


「危なかった……」

「フェリシア……」

「怪我ない? 急に飛び込んでごめん」

「いや、大丈夫。……あ、ありがとう」


 ノアの無事を確認したところで、フェリシアは雷撃の跡を見る。おそらくこれは例の魔物の攻撃なのだろうが、威力から見るに目撃者たちが逃げ帰るに値する魔物だとなんとなくわかった。


「いるんだったら出てこい! 喧嘩、買ってやるよ」


 フェリシアが森のどこかにいる魔物に向けてそう言い放った。


 だが、そう言われたから出てくる奴は馬鹿だ。自分より強い相手かつ人数も多いのに出てこれるはずがない。


 これはあくまでも時間稼ぎ。フェリシアが魔法の発生源を特定するまでの話だ。本当に喧嘩を買ってしまったなら、この森が焼け野原になってしまうだろう。


「……見つけた」


 フェリシアはそう呟くと、一瞬でその発生源の方に向かって行った。


「ちょ、フェリシア!?」


 ウィリアムが思わずそう声を上げる。


「行くぞ」


 リードはまるでこれがわかっていたかのように冷静にそう言って、フェリシアの後を追った。


「リードは驚かないわけ?」

「分かりきったことだろ。本当に喧嘩を買うはずがないって。国を壊す、なんていうのは脅し文句。本当にやるはずがない」


 ウィリアムの質問にリードがそう答える。


「そうなの?」


 今度はノアがそう聞いた。


「ここで戦えばどうなるかわかってる。少なくとも、この森は焼け野原だ。そんなことをするまであの人は破天荒じゃないし、王女としての自覚がある。そもそも、相手が賢い魔物だというのなら、魔力量も人数も差がある相手の前に飛び出したりはしない」

「確かにそうだけど……」


 でもノアは、魔力増強剤の副作用によって狂ってしまったフェリシアを知っている。あのリミッターの外れたようなフェリシアならやりかねないとノアは思った。


「多分あの魔物は喧嘩を売ったんじゃない。威嚇……来るなってこと。今までもそうやってやり過ごしてきた。最初から戦う気はないと思う」

「リードはわかってたわけ?」

「まあ、なんとなく」


 フェリシアとの付き合いは長い。今のフェリシアのことは本人の次にわかっているつもりだ。


「こうなることもわかってたから、驚かなかった……と」

「まあ……戦う気はなかった。でも仲間が危険な目に遭いかけた。そしてあの人には、魔法がどこから飛んできたのかがわかる。となれば、少しは締めに行こうと思うだろう。それがギルドからの依頼でもあるし」

「なる……ほど……」


 ノアもウィリアムも、フェリシアのことに関してはリードに敵わないと感じた。


「とりあえず、魔力の痕跡を残してくれてるから、それを伝って追いかけよう」


 リードは話を打ち切るようにそう言って、速度を上げた。



  ◇  ◇  ◇



 リードたちを置いて行ったフェリシアは、とてつもない速さで森を駆け抜けて魔法の発生源だった場所に数秒でたどり着いた。


 だが向かってきていることに気付いている魔物はもうそこにはいない。


 でもフェリシアにはその魔物の気配がわかっていて、どこにいるかもわかる。この距離なら確実だし、魔法を放てば当てられる自信もあった。だがフェリシアはそう簡単に魔物を殺すつもりはないので、追いかけるに止めるが。


「待て……!」


 さらに魔物を追いかけたフェリシアは、ついに魔物の姿を捉えた。


 そして周囲に網目模様の膜を展開し、その膜は魔物の動きを止めるように立ちはだかった。


「うわっ……」


 そんな声が魔物から聞こえたような気がした。


「なんで逃げるの? 別に殺すなんて言ってないのに」

「だって……だって……!」


 元々そういう体高をしているのかと思ったが、その声の主はうずくまってフェリシアの方を見ていた。


 普通に街の中にいれば人間とも思えるような魔物。いや、勝手にそう呼んでいるだけで、魔物じゃないのかもしれない。


「ちょっと話そうよ。少なくとも、君はその辺の獣とは違うみたいだし」


 フェリシアはそう言って、魔物に近付いていく。


「あたしはフェリシア。フェリシア・クラッチフィールド。君は?」

「……リ」

「ん?」

「アメリ!」

「アメリ……か。見た感じ、グール……かな?」

「まあ……ね」


 主食が人肉とも言われるグール。元々は人間で、何らかの理由で人肉を食べ、その人肉から栄養素を取り入れることができるようになってしまった状態の種を指す。つまり、人間の脅威ではあるが、ほとんど同種とも言える。


「それで、何で君はあたしたちを攻撃したの?」

「自分を守るために決まってる」

「守るため? あたしたち何もしてないよね、まだ」

「人間は、何もしてないのに攻撃してきたから」

「ほう……詳しく聞かせて」

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